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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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俺と受験と夏休み(ヒバツナ文)⑥



 ついに、夏休みは最終日まで後二日を残すのみとなった。
 綱吉は朝起きてからお昼を回る前に、(どこからか)雲雀が用意してきた並盛大学入試の過去問をやらされていた。
 高校最後の夏休みを犠牲にしたのである。さすがの綱吉も少しは――というか、絶対合格圏内には入りたい。否、入らなければ自分の命の危険性をひしひしと感じていた。最近の雲雀は夏休み前に比べるとひどく親しみやすくなったけれど、忘れてはいけないのは彼が雲雀恭弥その人だということだ。
 雲雀の機嫌を損ねたがゆえに何度もトンファーの餌食になってきたじゃないか、と。忘れかけていた恐怖を思い出して、綱吉は強くシャーペンを握り直した。

「そこまで」

 まるで本番の試験さながら時計を持っていう雲雀はまるで、最後の審判を下す死神のようにみえる。口が裂けてもそんなこと言えやしないが。
 綱吉は握っていたシャーペンから手を離し、過去問の用紙を雲雀に差し出した。
 雲雀は差し出された用紙を受け取れば、早速赤ペンを取り出して採点に入る。マル、バツ、マル、マル、と雲雀の指先が流れるように動いていくのを見守りながら、綱吉は生きた心地がしない。

(どうかギリギリのラインの点数はとれていますように!)

 祈るように両手を握りしめていれば、「終わったよ」という雲雀の声に、綱吉はびくっ、と大げさなくらいに肩を揺らした。そろそろと伺うように雲雀を見れば、その手には採点された過去問の用紙があって。
 トンファーが飛んでくる気配は、ない。

「まあ、このまま勉強を怠らなかったら受かると思うけど」
「あ、ありがとうございます!」

 受け取った過去問を見直して、今日まで生きてきた中で一番マルのついたプリントを目の当たりにしてしみじみとがんばったなあ俺、と綱吉は呟く。正しくは雲雀の恐怖政治によく耐えた、ともいうけれど。

「今日は外でご飯食べようか。奢ってあげる」
「えええ!?」
「何」
「いや、雲雀さんの優しさにちょっとびっくりして…」
「噛み殺されたい?」
「遠慮します」

 咄嗟に土下座をする綱吉だったけれど、雲雀が冗談でいっているのはわかっていた。その証拠にトンファーを構えることはせず、変わりにキッチンへと向かっていった。
 キッチンへ立って、お湯を沸かす雲雀の背中をぼんやりと眺めながらいつからだろう、と綱吉はふいに考えた。
 いつから、こんな風に雲雀と冗談をいえる関係になっていたのだろう。
 ずっと恐怖の対象でしかなかった雲雀恭弥という人間に、それ以外の感情を覚え始めたのは。

(俺は、雲雀さんを)

 胸中で言いかけた言葉を慌てて否定するように首を振る。駄目だ。こんなの。こんな、こんな感情は雲雀に迷惑が掛かる。
 綱吉はまるで自分の気持ちに蓋をするかのようにぎゅっ、と目をつむる。気づかれては、いけない。一方的な自分の感情を気づかれてはいけないと。言い聞かせるように独りごちれば、雲雀がコーヒーを淹れて戻ってきた。
 無言で置かれた綱吉の分のコーヒーをありがとうございます、と受け取れば、砂糖もミルクもいれていないブラックのコーヒーを一口飲み込むと、独特の苦味が口内に広がり。
 それは、まるで。
 今の自分の気持ちを代弁してるようだと。
 思った。









(明日は帰るのか)

 真っ暗な天井を見上げて、綱吉はぼんやりと考える。
 夕飯は雲雀が言った通りに、彼の奢りで外へ食べに出かけた。どこにいくのかと思えば行き着いた先は山本の実家である寿司屋で、暖簾をくぐればたまたま店の手伝いをしていた山本に声を掛けられた。そのまま山本とたわいもない会話を交わせば、あからさまに雲雀から不機嫌オーラを察知し、これ以上ここにいるのは危険だと判断した綱吉は慌てて山本の父親に持ち帰り用の寿司をお願いして結局は雲雀のマンションで夕飯を済ませたのだ。

(まあ、奢ってもらったことに変わりはないし)

 ちらりと、綱吉は横目だけで雲雀を見る。明かりの点いていない寝室ではただの黒い影にしか見えないけれど、雲雀は確かに隣で寝ている。
 このマンションに拉致されてきた日は、雲雀の隣で寝るだなんて天地がひっくり返ってもありえない! てゆうか無理! と騒いでいたのに、今ではすっかり一緒に寝ることに抵抗などなくなってしまっていた。むしろ定着すらしているのではないか、と。そう思うと、何だか妙な気分だった。
 夏休みの開始と同時に始まった雲雀宅への泊まり込み大学受験合宿は、一日目からして帰りたくて帰りたくて仕方がなかったのに、今は。帰ることが少しだけ――寂しい。
 決して楽しいことばかりではなかったし、たまに(とゆうか頻繁に?)トンファーで殴られたりもしたけれど、それでも夏休みが終わってしまうことが。雲雀の傍から離れるのが寂しいと思うのは、やっぱり、

(俺、雲雀さんのこと)

「沢田、起きてる?」
「はいぃっ!?」

 寝ているとばっかり思っていた雲雀から突然声を掛けられて、驚いた綱吉は素っ頓狂な返事をしてしまう。どっ、どっ、どっ、とうるさく鳴る心臓を静めることもできないままでいれば、のそり、と隣にいる雲雀が起き上がる気配。次いで、覆い被さるように雲雀が綱吉の顔の横に手をついてきた。
 心臓が、うるさい。

「ひばり、さ」

 綱吉が名前を呼ぶ唇に、雲雀の唇が触れる。ちゅ、と軽く音をたてて触れたそれは離れ、またすぐに重なる。何度も触れあわせるだけのキスを繰り返すと、雲雀は囁くようにして綱吉に訊く。

「抵抗しないの?」
「いや、その、なんていうか」
「抵抗しないならこのまま続けるけど」
「……さすがにそれはちょっと待ってください」

 どこから突っ込んでいいのかわからず、綱吉は冷静に対応してるようではあるが頭は完全にパニックを起こしていた。雲雀はなおもキスを続けてくるものだから余計に冷静な判断などできようはずもない。

(何で? どうして? 何で俺雲雀さんとキスしてるの、ていうかこれはされてるんだよな? え? 何で雲雀さんが俺にキスするのか意味がわかんねーよ!)

 混乱した思考のまま、とりあえず雲雀の下から抜け出そうと試みるが、更に体重を掛けて密着されれば雲雀の顔が。唇が、耳許に寄せられる。そして、

「綱吉」

 そう、呼ばれて。
 ぴたり、と綱吉の動きが止まった。
 今。
 今、雲雀さんは「沢田」じゃなくて、「綱吉」と、呼んだ?
 幻聴かと目を見開けば、まるで見透かしたように雲雀が「綱吉」と名前を呼んでくる。

「雲雀、さん」
「綱吉、綱吉、…つなよし」

 何度も繰り返し名前を呼んで、雲雀は綱吉の身体に触れる。パジャマ代わりのTシャツの上から探るように手を動かされれば、ぞくりと背筋が粟立った。

「ん、んっ」

 咄嗟に逃げるように身体を動かせばば、それを封じるように雲雀が抱きしめてくる。首筋にキスをされて、そのままなぞるように唇が鎖骨を辿る。明確な意思を持つ手の動きに困惑しながら、けれども綱吉は流されまいと必死に口を開いた。

「ひばりさん、こんな、の。俺、勘違いしますよっ?」
「勘違い?」

 綱吉の言葉に、ぴくりと反応した雲雀は動きを止める。
 暗闇とはいえ、慣れた視界とこの近さならば相手の表情は十分に伺える。つまりは雲雀が怒っているのはどうしようもないほどにわかってしまうわけで。しかしこのまま、有耶無耶に流されたくはなかった。

「ひ、雲雀さんが俺のことすき、とか…そういう…勘違、いてぇッ!」

 がぶっ、と。綱吉が最後までいう前に、雲雀の犬歯がまるで言葉を遮るかのように首筋に噛みついてきた。しかも思い切り。

「この僕が、冗談でこんなことするとでも?」

 手加減も遠慮もなく噛みつかれた痛みに悲鳴を上げれば、不機嫌な雲雀が犬歯をぎりぎりとつきたてまま(痛い!)地獄を這うような声音(怖い!)で訊いてくる。

「ねえ、本気で思ってるのかい?」

 やばい。綱吉は本能的に悟った。
 今の雲雀の不機嫌度は近年稀に見るほどの不機嫌さだ。これはあれだ。骸を目の前にした時と同じくらいの不機嫌さじゃないだろうかってそれはかなりの生命の危機に瀕している!
 しかも、その不機嫌の原因が自分ときた。
 そして何より、重ねて訪ねられてくるその内容には、首に走る痛みとは別の意味で泣きたくなった。
 だって、それは、つまり。

「雲雀さん、俺」

 我慢しなくていいってことですよね?

「雲雀さんのこと、すき、です」

 言った後はどうしようもなく恥ずかしかったけれど、「よくできたね」なんてさっきの不機嫌オーラはどこにいったのか、優しく笑う雲雀をみたらもうわけがわからなくなった。
 その後は文字通り、別の意味で訳が分からなくされてしまったのだけれど。




 *




「じゃあ、お世話になりました」

 来た時と同じくらい軽い荷物を手に、玄関に立った綱吉は雲雀を見上げて、言った。
 それから一歩、玄関から足を踏み出すと、「綱吉」と雲雀に呼ばれる。当然のように「沢田」から「綱吉」と呼ばれることが少しだけ恥ずかしくもあったけれど、嬉しいのも本音だ。綱吉が振り返れば雲雀は珍しく困ったような表情で、

「受験が終わって、合格したらまた……ここに住まない?」

 と、言う。
 一瞬、雲雀の言葉に動きを止めた綱吉であったけれど、それは本当に一瞬で、

「……はいっ!」

 次の瞬間には満面の笑顔で頷くと、綱吉は雲雀のマンションを後にした。
 それからまた数ヶ月の月日が過ぎて、季節は夏から冬に変わってから再び喜びの報告と共に綱吉はこのマンションにやってくるのだけれど、それはまだ。
 もう少し、先の話。


------------

終わり!

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