(どうしてこんなことになったんだ…!)
その日、綱吉は朝がこないことをこんなにも願ったことはなかっただろう。
しかし、どんなに願っても祈っても朝は無情にもやってくる。
まったく眠れなかった目には朝日がとても眩しかったけれど、今はそんなことに構っていられる余裕はなかった。
だって、次の日がきたということはとうとう始まってしまったのだ。
いつもなら待ち遠しい楽しい楽しい夏休みながいっぺんした、地獄の夏休みが。
*
今年は高校最後の夏休みだった。ともすれば、大学受験を控えている受験生たちにとっては大事な大事な勝負時。それは例外なく綱吉も同じだったのだが、今の高校に入れたのもギリギリセーフだというのに、家庭教師のリボーンが受けろといっている大学ははっきりいって綱吉には無理なレベルである。しかし、リボーンのいう「受けろ」はイコールで「合格」の意味しかなく、常に一緒に行動している獄寺は秀才の為合格ラインは当然突破。同じく山本は野球の特待生でその大学から推薦をもらっている。
何もないのは綱吉だけだ。
中学・高校と同じ時間を過ごしてきた二人とはどうせなら大学も一緒になりたい、と思わなくもないけれど、綱吉の勉強のスキルは中々向上してはくれなかった。
そうこうしてる内に夏休みに入ってしまったわけなのだが、何をどうしてか終業式が終わっていつものように獄寺と山本と遊んで帰宅した綱吉にリボーンは開口一番にこういったのだ。
「明日から雲雀の家に住み込みで勉強してこい」と。
「なんっっっでよりにもよって雲雀さんなんだよ…!」
せめてディーノさんとか獄寺くんとかのがよかった! と綱吉は頭を抱えた。
中学を卒業して、現在も通って高校にも当然のように雲雀はいた。やはりブレザー指定の制服のはずなのに一人学ランを着た彼は、高校でも風紀委員長になっていた。そしてやっぱりその恐怖の名を轟かせていたのだ。
けれど、実年齢は不詳ではあるが仮にも一年年上の先輩である。雲雀は去年恙なく卒業を果たして現在は大学生になっている。…らしい。恐いので細かい詳細は知らないのだが。
「…いかなったらリボーンに殺されるけど、いったらいったで雲雀さんに殺されるよー!」
半ば泣きたい気持ちで(むしろ泣いている)叫んでいると、ぴんぽーん、とその場にそぐわない明るいチャイムが鳴り響いた。途端、ぎしりと綱吉の身体が固まった。
(まさか…いやまさかそんな雲雀さんが直々に迎えにきた…!?)
そんなわけないよね! と頭では思っていても自身の超直感がひしひしと本能に告げている。雲雀恭弥の存在を。
そして、
「ツっくーん、雲雀くんがきてくれたわよ~」
雲雀の本性を知らない母親の楽しそうな一声が、綱吉に死刑宣告を告げた。
*
「僕が教えるんだから、落ちるなんて許さないよ」
「…はいわかっております全力で努力させていただこうと思いますのでどうかよろしくお願いいたします」
大学に入ってから一人暮らしをしていた雲雀のマンションに拉致された綱吉は促されるまま行儀良く正座をして、出された麦茶に手を出すこともできずに俯いていた。恐怖と緊張で、膝の上で握っている手のひらに嫌な汗がにじむ。
「受ける大学は並盛大学なんだって?」
「…ハイ、ソウデス」
「ふうん」
ぺらり、と雲雀はリボーンが用意した参考書を開いて呟く。そろりと綱吉は視線を上げて雲雀を見上げれば、機嫌良く笑っている彼の黒い目と視線が合った。恐い。
「それなら余計に、絶対受かってもらわないとね」
「…な、なんでですか…?」
思わずそう聞き返して、綱吉は訊かなければよかったと瞬時に後悔した。
だって目の前の雲雀の顔が、楽しそうなオモチャを見つけたそれに変わった瞬間を目の当たりにしてしまったのだから。
雲雀は口角を上げた唇で、綱吉の疑問に答えた。
「僕もその大学にいるから、また後輩になりにおいで」
その言葉を聞いて。綱吉の目の前が真っ暗になった。
こうして、綱吉と雲雀の長い夏休みが始まった。
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