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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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年下バンビ(性懲りもなく下の続き)

年下バンビ相手の琉夏はヤンデレ度が低いとかいってたら思いっきり ヤ ン デ レ た 。

どうしてこうなった(真顔)


------------------

 は、と目が覚めた。自分の身体に毛布が掛けられているの気がついて、美奈子は寝ぼけた頭で周囲を窺った。今いる部屋の薄暗さに目を慣らすように細めて辺りを伺い、そこが自分の部屋ではないことを思い出して――思い出したら、自分がどうしてここにいるのかも思い出した。
 がばっとばね仕掛けのおもちゃのように身体を起こして、制服が調えられていることに気がついた。しかし見た目ばかり整えられていようとも、下着ばかりはどうにもならない。濡れて湿り気を帯びたショーツの感触に、まざまざと琉夏としてしまった恥ずかしい行為を思い出した。思わず毛布を掴んで顔を埋めて、叫び出したい声を必死に抑える代わりに低く唸った。暫く悶々とした気持ちと脳内戦争を繰り広げながら、ふと、顔を上げてもう一度部屋を見渡した。
 来たときと変わらずに散らかり放題の室内に、琉夏の姿はなかった。

「…ルカちゃん?」

 名前を呼んでみても、返事はない。ひょっとして自分はまだ夢を見ているのだろうかとほっぺたを引っ張ってみれば、確かに痛覚があった。
 美奈子は抱え込んでいた毛布を放し、ベッド下に置かれた靴に足を入れた。学校の鞄も肩に背負うと、そのまま床に散らばった色々なものを蹴っ飛ばさないように気をつけながら階段まで辿りつく。不安定な音を響かせながら一段一段を慎重に降りていく。

「ルカちゃん」

 階段を半分ほど降りたところで、美奈子は目的の人物を見つけた。一階にあるいくつものテーブルの一つに突っ伏すように座っている。寝ているのか聞こえなかったのか、美奈子の呼びかけに反応を見せない。

「ルカちゃん、こんなところで寝てたら風邪引くよ」

 美奈子は琉夏の傍まで歩み寄って、肩を揺する。

「…ああ、起きたのか」
「うん…」
「もう帰るだろ? 送っていこうか?」
「……えっと」

 さっきまでのやり取りが最初からなかったかのように、琉夏はあくびをしながら変わらぬ態度で口を開いた。しかしその変わらなさ過ぎる態度は当然美奈子を動揺させて、言葉も視線も迷いっぱなしだ。が、琉夏はそんな彼女の態度にすら気にかけることなく、座っていたソファーから立ち上がった。長い前髪をうっとうしげにかき上げると、首をぐるりと回しながら自室に続く階段を上ろうとして片足を掛けた。
 と、

「ルカちゃん」

 若干の躊躇いを含んだ美奈子が、琉夏を呼び止めた。琉夏はその声に従って足を止めて、振り返る。その顔はいつものどこかおどけているような表情で、口角が少しだけ持ち上げられていた。

「なに?」
「あの」
「ん?」
「……さっきの、ことだけど」

 俯いて、ぎゅっとスカートの裾を握った。よく見るとあちこちがすっかりシワだからけになっていて、それがまた現実を突きつけてきた。カアッと再び身体中に熱が集まって駆け巡りそうになるのを落ち着かせながら、美奈子は言葉を続ける。

「どうしてあんなこと、したの?」
「気持ちよかったろ?」
「そ、そういう問題じゃないよ!」
「そう? 理由なんて、それで十分だろ」

 突き放すようなその言い方に、美奈子は思わず顔を上げた。さっきまでのおどけた表情はなりを潜め、今はただ無表情の琉夏がそこにいた。元々が整った顔のせいで、感情の色が見えない双眸はぞっとするほどの怖さがある。

「オマエが本当に俺の妹だったら、あんなことしなかった」

 一歩、琉夏がこちらへ歩み寄る。

「優しい琉夏オニイチャンでいたかったのにさ、本当隙だらけなんだもんな」

 一歩、美奈子が後ずさる。

「え、…あの」

 二歩、琉夏が進む。

「今だってさ、折角逃がしてあげようと思ったのにそんな顔をされたら、気が変わっちゃうじゃん」

 半歩、美奈子は足を引く。

「…ルカちゃん?」

 三歩、琉夏は進んで美奈子の目の前まで戻り、

「つか、もう遅いけど」

 そういって、美奈子の腕を掴む。こわい。本能が叫ぶ。しかし身体は硬直したかのように動かずに、ただ、目の前にある琉夏の顔を見つめる。

「美奈子」

 形の良い琉夏の唇が動いて、名前を呼ぶ。その一連の流れがスローモーションのように見えた。美奈子はやっぱり動けずに、まるでその場に根がついてしまったかのような錯覚。しかしはそれはやっぱりただの錯覚でしかなくて、突然割り込んできたバイクのエンジンの音を耳にして、美奈子は弾かれたように反応すると琉夏の手を振り払った。

「何してんだ、おまえら」

 バイクのエンジン音が切られてから間を置かず、WestBeachのドアが開いて琥一が現れた。高校に進学してから短く切ってしまった髪から覗く耳からは、琉夏と揃いのピアスが揺れている。

「ちょっと、鬼ごっこ?」

 琥一の問いに琉夏は肩を竦めると、美奈子に同意を求めるように視線を向け
た。しかし美奈子はぱっと顔を逸らすだけで、何も返事を返さない。
 そんな二人のやり取りを眺めながら、琥一は面倒くさそうに顔を顰めたあと、美奈子の頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと乱暴に彼女の頭をかき混ぜると、元来た道を戻るようにして美奈子の背中を押す。

「コ、コウちゃん?」
「帰んだろ? 後ろ乗れ」
「でも、コウちゃん今帰ってきたばっかり」
「だからだろ。腰下ろしたら動きたくねーよ」

 殆ど引きずられるようにして WestBeachから外に出る。美奈子は閉まり掛けたドアを振り返ると、その隙間から琉夏が手を振っていたが、すぐに見えなくなった。


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