この間ついったで上がったネタ。
「琉夏は計画的でき婚」という表現がぴったり過ぎた結果がこれでござる。
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ご利用は計画的に
陽性を表す「+」の表示を目の当たりして、美奈子は息が止まった。
ついで、どうしようと独りごちた後にお腹をさするのは、無意識か。
何となく、予感はしていた。していたけれど、まさか本当にその予想が現実になるなんて思わなかった。
急に足元が不安定になった錯覚を覚えながらも、すぐに脳裏に浮かんだのは琉夏の顔である。
どうしよう、ともう一度繰り返し、美奈子は一先ず身支度を整えた。検査したものを見せるのは気が引けたが、これを見せないことには始まらない。美奈子は少しだけ迷ったあとに手近にあるティッシュに包み、開封した箱の中に戻した。
一気に重くのしかかるような空気を背負って、トイレから出た。
琉夏と二人で暮らしている安い一軒屋。一軒屋なのに破格の値段で借りることができたのは、見も蓋もなく言ってしまえばおんぼろだからだ。普通の神経の人ならば安いと思って飛びつき、いざ物件を見にいったら即座にUターンしてしまうほどの朽ち掛け加減で。美奈子も初めて訪れたときは動揺を隠せないほどだった。
しかしそこが琉夏のたくましいところというかなんというか、兄の琥一も巻き込むと一通り安心して暮らせるレベルまでリフォームしてしまった。妙なところがしっかりしているなあと感心しながら二人で住み始め、今ではすっかり「我が家」になっていた。
美奈子は室内用のスリッパに足を引っ掛けて、短い廊下を通ってリビングに向かった。最近買い換えたばかりのソファーが真新しく真ん中に置かれ、もらい物のテレビは沈黙している。テレビとソファーの間には、冬にはコタツになるテーブルが置き、ご飯を食べるときはいつもそこに座る。
そして、そこにまだ見ぬ子供の姿を想像してしまい、美奈子はぐっと唇を引き結んだ。
――産みたい、と思った。
妊娠をしてしまったのは、確かに予想外のことだ。でも、だからといって降ろしたいとは思わなかった。だってこの子は、間違いなく琉夏と自分の子供なのだから。
(でも)
まだ、いらない。
そう琉夏が言うことを想像して、先ほどの不安が美奈子を襲う。ふらり、と足元が揺れて数歩後ろに下がると、背中に壁ではないあったかいものが当たった。
「具合、平気?」
背後から掛けられた声に、思わず身を固めた。美奈子はそろそろと後ろへ首を回すと、そこには思考の原因である琉夏が心配そうな目でこちらを見ていた。腰に手を回して引き寄せると、こつんと美奈子の額に自分の額を押し当てる。そうしてもう片方の手で首筋を撫でて、うーんと琉夏は唸った。
「熱はないか」
「……えと、琉夏くん?」
「どうした?」
すぐ近くにある琉夏の顔から視線を外す。
「もしも、の、話とか…してもいい?」
「もしも?」
「そ、そう」
オウム返しで帰ってきた言葉に、つっかえながら頷き返した。しかし続きの言葉を言おうとしたが、ええとと口の中でもたついてしまう。
「その」
「うん」
「もしも」
「うん」
「もしも……赤ちゃんができたら、どう、する?」
「え」
「あ、や、やっぱり困っちゃうよね! そうだよね!」
「美奈子」
「ちょっと聞いてみただけだから、ね? 気にしないで」
「できたの?」
「違うよ、もしもっていったじゃな」
「美奈子」
静かな声で名前を呼ばれて、ぐっと腕が掴まれた。思ったより強い力で引き寄せられて、思わず美奈子はよろけそうになる。しかし、琉夏の手がしっかりと彼女の身体を支えた。
「正直にいって。赤ちゃん、できた?」
「……」
「美奈子」
「……はい」
こくり。頷く。
そして、次にやってくるであろう言葉を覚悟して、美奈子はぎゅっと目を閉じた。降ろして。先回りで聞こえてきた琉夏の幻聴から耳を塞ごうとするも、両手は琉夏が掴んでいるためにできない。
が、美奈子が想像する言葉はいくら待っても言われることはなく、代わりに琉夏の腕の中に抱きすくめられていた。
「…琉夏くん?」
「良かった」
「え、何が?」
「赤ちゃんが出来て」
「え?」
「だって、俺と美奈子の子供だろ?」
「う、うん」
「だから、良かった」
「えっと、その、それって……産んでも、いいの?」
「え? むしろ出来るようにしてたんだけど」
「え?」
「あ」
しまったと、あからさまに琉夏は失言に気がついて視線を逸らした。
結局一通りの押し問答を繰り返すものの、このあとは二人手を繋いで産婦人科に向かったのだった。
[13回]
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