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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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瑛小話

アンケのGS3ネタを考えていたのにどうしてこうなった。
アンケートの方はまだまだ受付中ですので、お気軽にどうぞ~




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 携帯電話を片手に、瑛は三十分ほど画面とにらみ合いを続けていた。ディスプレイには一人の人間の名前が呼び出されていて、右手の親指は通話ボタンの上に置かれている。なので、本当にあとはそのボタンを押すだけで相手を呼び出すことができるのだが、瑛はそのボタンが押せずにいた。電話を掛けて、相手が出て、それからどうしたらいいんだろうか。いつもの調子で「おまえどうせ暇だろ? 来週買い物に付き合えよ」といってしまえばあの脳天気な彼女はいいよとあっさりOKを出すと想像ができるものの、ボタンはやっぱり押せずにいた。
 もしも。
 もしも断られた場合を想定すると、我ながらみっともないと思いつつも凹むことが容易に想像できるのが嫌だった。というか、自分だって彼女の誘いを断ったことがあるのだから、相手にも用事があるのは当然で。必ずしも100%の物事がないことはわかっているのだ。頭では。割り切れないのは気持ちの方で、それが余計に瑛を苛立たせた。
 なんで俺がここまであいつのことで悩まなくちゃいけないんだと、八つ当たり気味に(というか、完全に八つ当たりだが)ぼやく。ため息を吐いて、携帯電話を放り投げた。瑛も携帯と同じようにベッドに仰向けになると、天井を眺める。波の音がやけに大きく聞こえて、瑛は目を閉じた。
 最近、彼女に振り回されることが多くなったのは認めざるを得ない。
 天然ですっとぼけたことをしているかと思えば、急に女っぽい目をすることがあるから困る。
 そういうときの瑛の心臓はこれ以上ないほど大慌てなのだが、長年培ってきた外面の鉄壁さによってどうにか冷静なふりを装うことができた。だが、最近はそれも危ういのもわかっていた。
 彼女の一挙一動から目が離せなくて、振り回されて、でも嫌な気持ちではなくて。もっと傍にいたい。いてほしい。そんな欲求が日々増していき、ふと我に返ってはこうやって落ち込むのだ。超えてはいけない一線を自分で引いていたはずなのに、気が付いたときにはそもそも線などなかったくらい曖昧になっていることがこわくなる。
 ただのオトモダチで良かったんだ。なのにどうしてオトモダチでは済まなくなってしまったのだろう。
 瑛くんと呼ぶあいつの声が、波と一緒に聞こえて来た気がした。するともう一度名前を呼ばれて、目を開く。てっきり自分の想像から聞こえた声かと思ったが、二度目のそれはあまりにも肉声身を帯びていた。と、
「瑛くん、寝てるの?」
 今し方考えていた彼女が、瑛の部屋のドアを開けて顔を覗かせていた。さすがの瑛もこの展開には思考が追いつかず、ぽかんとした表情になってしまう。
「あ、起きてた。良かったー」
「……じゃなくて! おま、おまえ何してんだよ!?」
「散歩の途中でたまたまマスターと会ってね、せっかくだからお茶でもどうぞって言うのに甘えて来ちゃった。そしたら瑛くんもいるっていうから呼びにきた の」
「…………」
「瑛くん?」
「……ちょっと、こっち来い」
「なに?」
「いいから」
 ベッドに腰掛けた状態で、瑛は呻くようにいう。そんな彼の言葉に首を傾げながら部屋に入り、十分に相手が近寄ってきたところで顔を上げる。相手がこちらにかがみ込むタイミングを狙って、瑛は素早くチョップを決めた。
「いったあ!」
「あー…すっきりした」
「なにそれ! 暴力反対!」
「ウルサイ、人の睡眠を妨害したおまえが悪い」
「言いがかりだー!」
 あっさりと彼女の横を通り過ぎて、部屋のドアへ向かう。そんな瑛を追いかけてくる彼女に振り返ると、瑛がチョップをかました額を押さえながら不服の表情の目と目が合った。さらにむっと唇を突き出す様が子供っぽく見えて、たまらず瑛は吹き出した。
「あんまりそういう顔ばっかしてんな」
「誰のせい!?」
「はいはい、悪かった悪かった」
「心がこもってません」
「よし、もう一回チョップするか?」
「いやです」
 素早く身構える彼女に、瑛は笑う。そんな彼に対して「もう」と不平の言葉が聞こえてきたが、聞こえないふりをする。そのまま階段を降りて行き、まだ準備中の店内に入る前に一度振り返った。
「おまえさ」
「…なに?」
「来週暇?」
「特に用事はないけど」
「じゃあ敵情観察に付き合え」
「どこの?」
「どこでも。おまえが行きたいところでいい」
「それだと、瑛くんのコーヒーが飲みたいってことになるんだけど」
 あっさりと放たれた切り返しに、瑛は動きを止めた。いやいや落ち着け俺。こいつがこういうことを天然でいうのは日常茶飯事じゃないか落ち着け冷静になれ俺。
 そんなことを半ば祈るように胸中で言い聞かせていると、
「隙あり!」
 というかけ声のあと、額に痛みが走った。それがチョップをされたのだと理解するのに数秒の時間を要し、しかしそのせいで余計に心中をかき乱されてしまった瑛はしばらくその場から動くことができなかった。
「瑛くーん、コーヒー冷めるよー?」
「……ッ、おまえ本当にウルサイ!」
 こちらの事情などまるで知る由もないのんきな相手に、瑛は本日何度目かの八つ当たりをしたのであった。

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