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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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新名小話

プロポーズ大作戦的ななにか


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 店は予約して身支度もばっちり。あとは彼女と合流して一緒に向かうだけ――のはずだったのに、どうしてこうなった。
 新名はパソコン画面と向き合いながら、ぶつぶつと口の中で不満を繰り返した。最初は新人の単純なミスだった。それがどうしてか客先の逆鱗に触れたらしく、気が付けば上を出せ謝りにこいの大騒ぎにまで発展する始末。それはまあしょうがない。社会とか仕事とかは、そういう理不尽なことが横行している。それらとうまく付き合って受け流して、ときには向き合ったりするのはいつものことと言えばいつものことだが、なぜよりにもよって今日勃発するのだ。新名はため息を吐いて腕時計を見る。時刻は九時半を過ぎた。本日予約のレストランはとっくにキャンセル済み、一緒に行くはずだった彼女にも連絡をしていた。仕事でいけそうにないから、ごめん。なんて、ありきたりな言葉しか出ないオレってボキャブラリーが貧困だ。しかし他に適切かつわかりやすい言葉もない。あーっと呻くのとため息を同時に吐き出す。コメカミをぐいぐいと押して、疲れ目に刺激を送りながらパソコンの画面とにらみ合う。スクロールバーを上から下へと動かし、もう一度確認。大丈夫か、と新名は自
分へと問う。そして一番間違いやすい箇所をもう一度見て、問題がないことがわかるや否や素早く保存して立ち上がる。パソコン画面が落ちるのを確認するのももどかしく、上着を羽織って鞄を掴む。自分一人だけ取り残された職場の電気を消して、新名は慌ただしく部屋を飛び出した。エレベータのボタンを押して、上の階から降りてくるのを待つ。普段なら気にならないこの待ち時間は、急いでいるときは本当に遅く感じるから不思議だ。
 新名は一先ずズボンのポケットに突っ込んだ状態の携帯電話を取りだした。今日の約束をキャンセルした相手にフォローの電話をしようと思ったのだが、ディスプレイには一件のメールが届いていた。レターマークをクリックして開くと、送信者は彼女からだ。

送信:美奈子ちゃん
題名:お疲れ様
本文:駅前で待ってます。仕事が終わったら連絡ください。

 そんな短い文面を目の当たりにして、新名はエレベーター横に設置してある階段を駆け下りていた。カンカンカン、と甲高い音が上がる。途中で息が切れそうになって、己の体力不足を痛感する。くそ、内心でのみ悪態を吐く。やっぱどこかの柔道サークルでも入るべきかと考えながら、会社を飛び出してもうひとっ走り。
 花の金曜日は遅くまで人通りがある。すでに出来上がって酔っぱらっている人たちを横目に、居酒屋への勧誘を流しながら先を急ぐ。途中で捕まった赤信号で呼吸を整え、青になった瞬間に猛ダッシュ。そうして遅刻ぎりぎりの出勤を更新する速さで駅前に到着し、新名は周囲を伺った。走ったせいで髪が乱れているのはわかったが、整えてる余裕はない。
 どこだ、ともう一度周囲を確認していると、背後から名前を呼ばれた。
「旬平くん?」
 振り返ると、そこにはコンビニの袋を片手に下げた美奈子がいた。
「ナイスタイミング。旬平くん待ってる間にお腹空いちゃって」
 そういって、美奈子はコンビニの袋から肉まんを取り出した。それを半分に割って、はい、と差し出される。
「…ていうか、オレがこなかったら一人で肉まん食うつもりだったのかよ?」
「え? そうだけど?」
「…アンタって本当に」
 言いかけて、新名はがっくりと項垂れた。本当なら今頃、洒落たレストランでワインでも開けて、ちょっといい雰囲気を作るつもりだったのだ。そのために今日はいつもよりもいいスーツを着てきたし、気合いも入れていた。そんな新名の心境を知らないのだから当然といえば当然なのだが、あまりにもマイペースな彼女にだんだん笑いがこみ上げてくる。
 美奈子は項垂れたまま黙ってしまった新名を心配したのか、肉まんを手にしたままそっと伺うように近寄ってきた。しかし、くつくつと笑い出す新名に怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしたの?」
「いや、なんつかーか、何年経っても美奈子ちゃんは変わらないっていうか」
「えーっと、褒められてるのかなそれ」
「褒めてる褒めてる。つうか、そんなアンタだから好きなんだし」
 さらっと新名言うと、美奈子がぽかんとした顔になった。そうして、数秒後にじわじわと頬が赤くなっていく。困っているのと怒っているのと嬉しいのと、どの感情に従っていいのかわからないようで、何ともいえない表情になるのがまた、新名の笑いに拍車を掛けた。
「もう!」
 笑う新名を一喝して、美奈子はぷいっとそっぽを向いてしまう。そうして手持ちぶさただった肉まんに八つ当たりするように食べ始めるさまを見て、新名はようやく笑いを引っ込めた。言う。
「ごめん、そんな怒んないで」
「知りません」
「なんかさ、嬉しかったんだよ。こうして肉まんとか買ってまで待っててくれる彼女がアンタで良かったなーって」
「……」
「なあ、ちょっとだけこっち見て」
 少しだけ、声のトーンを落とす。すると、美奈子は意外と素直に振り返ってくれた。けれど目の端では、ちょっとだけ怒っているのがわかる。そんな彼女に新名は苦笑して、スーツの内ポケットに入れっぱなしだった小箱を取り出した。フタを開けて、中身がなんであるか美奈子に見せるように差し出す。と、彼女の目が、わずかに開いた。指輪から新名へと視線を向けられる。
「本当はさ、こういうのってお洒落な店予約して夜景とか眺めて、ちょっと高いワインとかで雰囲気作ったりするもんだと思ってた。でも、そういうんじゃねえよな。気持ちがあればそんなの関係ねえんだってわかってたはずなのに、つい忘れる」
「旬平くん?」
「だからこれから先、いっぱいかっこ悪いところを見せると思う。けど、それでも――オレの隣にずっといて欲しい。…アンタに、美奈子ちゃんだからいて欲しいんだ」
「……待ち合わせで、肉まん食べてる奥さんでもいいの?」
「全然オッケー」
 そう旬平が言うと美奈子はちょっとだけ照れた顔のまま、「お受けしました」と新名の差し出した指輪を大げさな仕草で受け取った。そうして、しげしげと箱に収められた指輪を眺めたて、ちらりと新名の顔を伺う。
「つけてみても、いい?」
「なんでしたら、オレがおつけしましょうか? お嬢様」
「奥様、でしょ」
「…うん、あんがと」
「わたしも、ありがとう」
 そういって、二人揃って笑い合う。美奈子の手の中に光る指輪が、きらりと輝いて見えた。

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