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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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瑛小話

「海野さん」
 背後から名前を呼ばわれ、あかりは思わずうわあと背筋を凍らせた。第三者が聞いたら「穏やかな」声音だけれど、あかりからすれば完全に「よそ行き」の声だった。いやだなあ振り返りたくないなあと逡巡している間に、ぽんと肩を叩かれた。ひいと思わず悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪え、ちらりと視線を動かした。ら、そこには案の定よそ行きの笑顔を張り付かせた佐伯瑛が立っていた。
「な、何かな、佐伯くん」
「さっき、若王子先生が呼んでるっていってなかったっけ?」
「え?」
 瑛の言葉を聞いて、思わずあかりは間の抜けた声を上げる。が、さらに後ろから複数の足音が聞こえてきて、それだけでそういうことかとあかりは納得してしまった。
「えっと…そう、職員室にきて欲しいっていってたかな!」
「そっか、ありがとう」
「えー、瑛くん職員室に行っちゃうの!?」
 ちょっとだけ不自然に上げた声のボリュームでの会話は、追いかけてきたらしい複数の女子の耳にしっかりと届いたようだ。その内の一人があからさまに不平の声を上げると、その後は連鎖反応。別にいいじゃんいかなくてもあたしたちと一緒におしゃべりしようとやだいかないで瑛くん、と矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。瑛はそれらの言葉を聞き流し受け流し、やっぱり笑顔を張り付かせたままごめんの一言だけで一蹴してしまった。ひらりとさわやかに手を振られると、しぶしぶながらも引き下がるのがある意味獣使い様を見ているようだ。言ったら間違いなく非難の雨あられなので言えるはずもないが。
 それじゃあと言ってそそくさとその場を去る瑛の後姿を見送る。残された女子たちはやりきれない文句を口々に呟きつつも、自分のクラスに帰っていった。なんだか一人だけ取り残されたような気分になったあかりは、こっそりとため息を吐く。と、
「あかり」
 先程の角を曲がったところから、瑛が顔を出して手招きをしていた。思わず先程の女子たちの姿を確認してしまうが、そもそも瑛がそんなミスをするはずもない。早くしろとばかりの目線を向けられ、あかりはしぶしぶならも彼の元へと駆け寄る。
「職員室に行かなくていんですか、佐伯くん」
「ウルサイ、嘘だってわかってるんだから茶々いれんな」
「…次から助けないよ」
 ぼそっとあかりがぼやくと、すかさずチョップが降ってくる――と、身構えたのだが、予想は外れた。瑛の不機嫌な顔は想像通りではあったけれど、目の前にはチョップの代わりに紙袋が突きつけられていた。ぱちくり、とあかりは目を見開いて突きつけられている紙袋を凝視する。
「なに、これ?」
「やる」
「わたしに?」
「おまえと話してるんだから、おまえしかいないだろ」
「いやうんまあそうなんだけど」
 瑛の言い分にちょっとだけ戸惑いながら、あかりは紙袋がを受け取った。ちらり、と瑛を伺い見る。不機嫌さは健在だが、よくよくみるとその中に照れが入り交じってる――ような、気がする。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
 一先ず了承を得て、あかりは紙袋の中を覗いてみた。まず最初に、ふわりと甘い香りが届く。
「これ」
「スコーン。昨日試しに作ってみたから、毒味な」
「毒味って! もう少し言い方あると思うけど!」
「じゃあ返せ」
「もらったものは返せません」
 袋に伸ばされ掛けた手を避けて、あかりは数歩後退する。そんな彼女の様子に瑛はちょっとだけ満足したらしい。さっきの張り付いたよそ行きの笑顔とは違い、いつものちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべて見せた。
「最初から素直にそういえよ」
「瑛くんも最初から素直にくれたらいいのに」
「…あの状況だから渡せなかったんだろ」
 ああなるほど、とあかりはようやくそこで納得した。あまり校内で話かけてこないのに珍しいなとは思っていた。が、そこまで考えて、あれ、と気が付いた。今日の放課後は珊瑚礁でバイトだ。だから、わざわざ学校内で渡さなくても、バイトで会える。そのときに渡す方がずっとリスクは少ないはずなのに、どうしてわざわざ今声を掛けたのか。
「瑛くん」
 呼びかけたタイミングで、予鈴が鳴った。当然そこで強制的に会話は終了だ。
 やはり優等生佐伯瑛はすぐさま教室に戻ろうと、踵を返した。あかりもその後姿を追いかけながら、手の中の紙袋を大事に抱え直す。
(ひょっとして、とか)
 考える。ひょっとして、少しでも早く渡したかったんていうのは、都合の良すぎる考えるだろうか。
「瑛くん」
 早足で廊下を進みながら、あかりは瑛を呼んだ。
「ありがと」
 振り返った瑛にそういって、あかりは彼を追い越して自分の教室へと駆け込んだ。

 よもや背後で瑛が顔を赤く染めてることなど知らず、珊瑚礁に顔出した瞬間チョップの制裁を受けるはめになった。

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