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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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ゆるぼリク2 ルカデビトパーチェ

 部屋の主であるルカと、幼馴染のパーチェとデビトが三人揃って腕まくりをしながら部屋の掃除をしていた。パーチェは特性ラザニアにつられてそれなりに手伝っているものの、完全に巻き込まれたデビトのやる気は皆無だ。それでも適当に掃除をしているふりをしていると、ふいにパーチェが声を上げた。
「あれ? ルカちゃん、この箱なに?」
「え、どれです……ああ! それは開けてはいけません!」
「よし、パーチェ。開けろ」
「りょーかい」
「デビト!」
 退屈していたところに面白そうなネタが降ってきて、それを逃す二人ではなかった。パーチェはルカの制止も無視して、しっかりとした作りのアンティーク調の箱を開けた。箱は思ったよりもあっさりと開くと、箱の中にはぎっしりと紙のようなものが敷き詰められているように保管されていた。否、正しくは紙ではなく、写真だ。パーチェが一枚その写真を持ち上げる。そこには幼い少女が一人、写っていた。赤い髪に碧色の瞳の少女を、二人は当然知っていた。この写真よりは随分成長しているが、その少女は間違いなくフェリチータだろう。
「……おい」
 箱の中の写真を束で掴んで確認すれば、その殆ど、というかすべてにフェリチータが写っていた。たまに彼女の母親であるスミレと写っていたり、ルカと一緒に笑っている写真もあるが、どの写真にも必ずフェリチータが写っている。その事実とこの写真の量に、さすがのデビトも引きつったような表情をして、呻く。どうしよう。この幼馴染が病的なまでにお嬢コンプレックスなのは周知の事実ではあったけれど、これ以上深刻化する前に止めた方がいいのだろうかと、らしくもなくデビトは心配になった。
「うわあ、ルカちゃんすごいな。これ全部お嬢?」
「いやまてパーチェ。他に突っ込むことがあんだろ」
「え? なんかある?」
「……このバカが」
 呻いて、デビトは片手で頭を抱えた。
「この写真のお嬢、かわいいなー」
「でしょう! でも、こっちの方がかわいんですよー」
「え、どれどれ?」
「バカパーチェ、テメエもルカに感化されてロリコンにでも目覚める気か」
「私はロリコンじゃありません!」
「じゃあこの写真はなんだっつーの」
「お嬢様の記録を残しておくことは罪じゃないでしょう!」
「…で、当然バンビーナはこの大量の写真のこと、知ってんだろうな?」
「……」
「目ェ背けんな」
「いいじゃんデビト、細かいことはさ。だってほら、お嬢の寝顔とかかわいいよー」
「バッカ、今のお嬢が一番に決まってんだろ。そんなに子供じゃナニもできやしねえ」
「はあ!? さらっと何とんでもないこといってるんですか! 昔のお嬢様も今のお嬢様もかわいらしく可憐で素敵で聖域に決まってるじゃないですか!」
「……おい、コイツはいつ病院に連れていけばいいんだ」
「でもさー、ルカちゃんばっかりずるいよなー。オレも今度お嬢と一緒に写真撮ろうかな」
「だめです」
「なんで!?」
 思ったよりも冷静なルカの突っ込みが飛んできて、パーチェはすぐさま立ち上がる。
 三人揃ってにらみ合うように顔を突き合わせれば、何故か不穏な雰囲気が立ちこみ始めた。
 すっかり掃除そっちのけになり、あまつ論点がズレていることにも気付かず、ただただ殺気が部屋に充満する。
 そうして一触即発というまさにその時、「ホウ!」という鳴き声とともにばさりと羽音が響いた。それは話題の中心であるフェリチータの友人であるフクロータで、彼女は三人をそれぞれ嘴で存分に突いてやると、羽を広げて入ってきた出入り口へと飛んでゆく。そうしてその入り口には、半眼で三人を見据えているフェリチータの姿があった。
「おおおおおおお嬢様!? い、いつからそこに!?」
「……結構前からいたんだけど、三人とも随分熱心みたいだったから」
「いや違うんです違うんですお嬢様ァ!」
「今さらンなこといってもしょうがねーだろォが」
「いやでもさ」
 頭を抱えて喚くルカと、その隣で諦めたように肩を竦めるデビトとは対照的に、パーチェはいつもの調子で口を開いた。写真の中の幼いフェリチータと、今目の前にいる彼女を見比べる。うん、と頷いて、パーチェは笑った。
「お嬢はやっぱり、昔だろうと今だろうとかわいいよ」
 その一言に、部屋の中は再び制止した。
 ぴしりと亀裂が走るような音が聞こえた気がしたのは、おそらく気のせいではないだろう。そうして、先ほどまで冷めた目で見つめていたはずのフェリチータが、うっかり頬を赤く染めているのもよろしくないと、常に第三者的立ち位置をキープしようと努めているデビトはそんなことを思った。
 あと数秒したらルカが爆発する気配を察し、その前に先手を打つかと考える。
「バンビーナ!」
 そうデビトは彼女を呼んで、相手の手を掴んで部屋を飛び出す。すると当然のようにパーチェが後をついてきた。
「二人とも! 待ちなさい!」
 背後からルカの声が追いかけてくるも、当然待つわけもなく廊下を駆け抜けていくのだった。

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ゆるぼリクその1 天宮とかなで

いちゃいちゃする天宮とかなで

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 日曜日の今日は、当然星奏学園もお休みだ。部活の練習もなく、どうしようか迷っている矢先に天宮からお茶会をしようと誘いがあった。当然断る理由のないかなでは二つ返事で頷き、彼の通う天音学園までやってきたのだ。
 天音学園の所有する薔薇園に来るのは、これで二度目だ。それでもやっぱり数え切れない種類と、咲き誇る薔薇の美しさにため息が零れる。
 かなでは手近な薔薇の元へと駆け寄ると、その場にしゃがみ込んで薔薇と同じ目線の高さになる。より一層薔薇の香りを強く感じながら、かなではそっと花弁へ指先を伸ばした。と、すぐ隣に同じようにしゃがむ人の気配に、視線と顔をそちらへ向ける。当然そこにはかなでを誘った本人である、天宮の姿があった。
「迂闊に触ろうとすると、危ないよ」
 やんわりと彼は言って、かなでの指先を捕まえた。そうしてその指を自分の方へと引き寄せたかと思えば、彼の柔らかい唇が指先に触れる。かなでは驚いて固まってしまうと、天宮はくすくすと楽しそうに笑った。その笑みにどうしていいのかわからず、ただ顔を赤くして俯けば、当足元付近にも咲く薔薇たちにじっと見つめられているような気分になった。
「以前、君とここに来たときは」
 ふいに、天宮が言葉を発した。かなではつい顔を上げると、天宮は薔薇を見つめながら話を続ける。
「ここでしか生きられない、生かされているこの薔薇たちが、あんまり好きじゃなかったんだと思う」
「……」
「でも、今はそうじゃないよ。君のおかげでね」
 言って、天宮はかなでへ向き直る。中性的な印象のある彼が笑うと、何とも言えない迫力があると思うのは自分だけだろうか。色素の薄い目が細められて、ゆっくりと笑うさまは男の人でも「きれい」と表現しても差しさわりがないだろう。
「この薔薇たちはここで精一杯生きている。だからこそこんなにもきれいに咲いているんだと、最近は思えるようになったんだ」
「天宮さん」
「でも、僕にとっては君という薔薇が一番なんだけど」
 さらりととんでもないことを言ってのけたかと思うと、天宮はかなでへと顔を近づけてきた。不安定な態勢なだけあって、かなでは逃げることもできずにただうろたえるだけだ。相手の手が頬を撫でて、徐々にお互いの顔の距離が近づいていく。夏の大会以降、天宮と恋人関係になったとはいっても、未だにかなではこういう雰囲気には慣れずにいた。どうしていいのかわからずに、毎回うろたえてしまうのだ。
「天宮さ」
「違うよ」
 動揺しまくっているかなでとは対照的に、天宮はひどく冷静に、そうして甘い声で囁くようにかなでに言う。
「ねえ、かなでさん。ちゃんと呼んで。僕は君に、名前を呼んで欲しい」
 ストレートな言葉と、真っ直ぐに見据えられた視線に頭の中が真っ白になる。濃い薔薇の香りも相まって、ふわふわと足元が覚束ない。まるで夢の中にいるような錯覚を覚えて、けれど触れられている頬から伝わる確かな天宮の体温は、確かな現実なのだと自覚する。かなでは彼の手に自分の手を重ねて、少しの躊躇いのあとに彼の名前を呼ぶ。
「……静、さん」
 そうして、間近で微笑む彼の笑みを見て、やっぱり夢なんじゃないかと思うほどには彼のことが好きで。
 けれどこうして、彼の隣にいられることが幸せなのだと痛感するのだった。

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天宮久しぶりすぎて誰これ状態

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東金小話

 電話には出る。
 メールも返す。
 問題なのは、それらほぼすべての発信が「自分から」という点だ。
 東金は携帯電話のメール履歴をざっと見返したあと、ベッドの上に放り投げた。
 あの夏の大会が終わってから二ヶ月が経ち、季節は残暑も過ぎてすっかり秋に移り変わっている。あと少しすれば冬の足音も聞こえてくるだろう。
 東金は自室のベッドに寝転がって高い天井を見上げたあと、再び放り投げた携帯電話へと視線を向ける。夏の大会以降恋人となった小日向かなでとは、あれから直接会ったのは三回だけ。そのあとは当然メールと電話での近況報告になるのだが、かなでから連絡をしてきたことはその中でほんの数回程度だ。そうしてよくよく考えれば、今まで付き合った異性の中で、ここまで頻繁に東金から連絡を取っていた相手がいないことに気がつかされた。それほどかなでにのめり込んでいる自分に呆れるものの、そんなことでどうにかなるような相手ならばきっと、好きになんてならなかった。しかし、我ながら厄介な相手を選んでしまったものだと苦笑を零す。
 ひとまず気分転換にシャワーでも浴びるかと身体を起こしたタイミングで、携帯電話のバイブレーションが震えて着信を告げる。東金はしぶしぶ携帯電話へと手のを伸ばすも、ディスプレイに表示されている名前を見て、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あ、東金…さん?』
「俺に掛けてるんだから、俺が出るに決まってるだろ」
『そ、そうですよね…ごめんなさい』
 謝る声が尻すぼみになっていくので、受話器の向こう側で彼女がしゅんとなっているのが想像できた。東金は思わず自分の顔がにやけそうになるのを自覚して、誰に見られるわけでもないのに慌てて顔を引き締める。
 すると、携帯電話の向こう側からはかなで以外の声が聞こえてきた。
『おい、もういいだろ』
『え、えっ?』
『俺は部屋に戻るからな』
『ちょっと、響也!』
 かなでは携帯電話を離してしゃべっているのか、聞こえてくる声は少し遠い。それでも会話の内容と、声の主が誰なのかはっきりとわかった。
 如月響也。
 かなでの幼馴染である男の名前と顔を思い出すと、東金の表情には、先ほどまでの笑みが消えていた。
 おそらく、時間帯からすれば二人は寮にいるのだろう。東金は夏の間だけ世話になった寮だったが、かなでと響也は違う。元々二人はあそこの寮生で、夏の大会が終わっても当然住み続けている。だから一緒にいることになんの不思議もないのだが、面白くないと思うのは嫉妬心から来ているのは明白だった。
(………嫉妬?)
『東金さん?』
 控えめなかなでの声で、はっと我に返る。
「…いや。それより、どうした?」
 そう東金が促すと、かなではいつものように他愛無い会話を始めた。しかしその話の中心はどうしても彼女が所属するオケ部の話になってしまう。今までは気にならなかったが、今日は無性に引っかかってしょうがなかった。
 先ほど脳裏を過った単語が、ぐるぐると渦巻く。
 まさかと否定して、けれど結局考えはそこに行きついてしまうのだから、もはや認めるしかない。
 しかしそれだけで済まさないのが東金千秋という男であった。
 千秋は明日からのスケジュールを頭のなかで確認し、さりげなくかなでの予定を聞きだす。どうやら今週末はなにもないらしいことがわかると、東金は再び口角を上げて笑った。



「よう」
「…………え?」
 星奏学園の校門の前で待ち、下校する彼女の姿を見つけて声を掛けた数秒の間を置いて、かなでは東金の想像通りのリアクションを返してくれた。そうしてきょとんとした顔からもう数秒の間を置いてから、
「と、東金さん!?」
 とこちらの名前を呼ぶまでは予想済みだ。基本的に、かなでの行動パターンは読みやすい。唯一わからないのは音楽性についてだが、そこはわからないからこその楽しみがあるので問題はない。
「なんで……あれ? わ、わたし、約束してましたっけ?」
「してないぜ。俺が会いたくなったからきただけだ」
「そ、う、ですか…」
「嫌だったか?」
「そんなこと!」
 勢いよく顔を上げて否定するかなでに、東金はついに堪え切れずに噴出してしまう。本当にどうしてこう、自分の想像通りのリアクションを返してくれるのか。
 そんな風に笑う東金を見たかなでは、今度は徐々に機嫌を下降させていく。唇を突きだすようにして、大きな目を吊り上げてみせた。元々顔の作りがかわいらしいのもあって、そんなことをしても迫力はないのだが、彼女なりの精一杯の不機嫌な表情なのだろう。つんと横に顔を向けて、かなでは言う。
「もう、そんなに笑うことないじゃないですか!」
「悪い悪い」
「絶対思ってないですよね!」
 最終的にこちらに背を向けてしまうかなでに、東金はどうにか笑う衝動を堪えた。かなでの肩に触れて抱き寄せてみれば、拒否はされなかった。ただ、顔だけは東金を見ないようにと俯いている。
「好きなやつほどいじめたいって、いうだろ?」
「……何言ってるんですか、もう」
 拗ねた口調で言うも、そこでようやくかなでは東金を見た。拗ねているのと、困っているのが半々に混ざった表情をした彼女の額へと素早く唇を押し当ててやれば、その顔は一気に赤く染まった。
「本当、いい反応するな」
「もう、そうやってすぐからかうんですから!」
「からかってねえよ。いつも本気だぜ? 俺は」
「余計だめです!」
「わかったって。そもそも、今日はおまえに『お願い』があってきたんだ」
「お願い…?」
 東金の言葉に、かなでは勢いを削がれたように小首を傾げた。
 ああ、と東金は頷くと、かなでの目を見つめて至極真面目な口調でもって、言う。
「かなで、俺の名前はなんだ」
「東金さん?」
「違う、下の名前だ」
「千秋、さん」
「そうだ」
「あの…?」
「今から名前で呼ばないと、そのたびにおまえからキスしてもらうからな」
「えっ!?」
「あと、もう少しおまえから連絡してこい」
 ついでにようにつけ足して言えば、かなではどうしていいのか目を白黒とさせている。それでもどうにか立ち直るものの、言葉は言い淀むようにもごもごと口を動かすだけだ。
「なんだ?」と東金が促すと、かなでは今日一番困った表情になった。
「……だ、だって、その」
「怒らねえから、言ってみろ」
 その東金の言葉が後押しになったのか、それでも暫くの逡巡を繰り返してから、かなでは忙しなく彷徨わせていた視線を地面へと向けた。そうしてかくんと肩を落とせば、観念したように呟く。
「………まだ、その……東金さんと話すのに、緊張しちゃうんです」
 その一言を聞いて、東金は数秒沈黙した。
 けれど次の行動は迅速だった。かなでの手を掴み、すぐさま通り過ぎるタクシーを捕まえる。知ったホテルの名前を運転手に告げれば、車はすぐさま発進した。
 そうして東金はこれ以上なく機嫌良く笑い、かなでに告げる。
「今日は俺様に慣れてもらうまで寮には帰さねえから、覚悟しろ」
「え、えええっ!?」
 そんなかなでの悲鳴などお構いなしに、タクシーは二人を目的地まで運ぶのであった。


「そう言えば、さっき『東金さん』って言ったな?」
「う」
「今日は何回おまえからしてもらえるかな」
「東金さんの意地悪!」
「二回目」
「…っ!?」

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志波小話

やばい、びっくりするくらい文章が不調すぎる。
王道のべったべた展開なのにこれはまずい。

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 灰色の分厚い雲から、およそ遠慮など知らない勢いで降り続ける雨を目の当たりにして、志波は眉を顰めた。
 今日は6限目をサボって図書館で寝ていたら、寝過ぎた。図書委員である女子から遠慮がちに起こされて、ようやく自分の状況を把握したほどだ。まだ寝ぼけている思考で教室に戻り、すでにHRも終了したクラスから荷物を回収して帰ろうとして、今に至る。
 朝の天気予報など見る習慣はないので、当然カサなど控えているはずもなく。もう少し小ぶりならば走って帰るという選択肢もあったのだが、さすがにほんの数メートルでずぶ濡れになるほどの雨模様だとそれは憚れる。
 志波はどうしたものか考えを巡らせて、周囲を見渡した。誰か予備のカサを持ってるなんて奇特な生徒はいないかと思ったところで、背後から声を掛けられた。
「志波くん?」
 聞きなれた声に振り返れば、そこには顔見知りの女生徒がいた。彼女は不思議そうに志波を見上げて、小首を傾げる。
「どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
「ちょっと?」
「帰れねえ」
「え? …あ」
 外を見つめる志波の視線を追って、彼女――海野あかりは彼の帰れない理由に気がついた。そうして暫く悩むように眉を寄せたあと、あかりは志波の隣に並んだ。
「折りたたみ傘だからちょっと小さいんだけど、良かったら途中まで入っていく?」
「あ?」
「ほら、駅前にコンビニあったじゃない? そこでビニール傘が買えると思うから、そこまで一緒に行こう」
「…遠回りじゃないのか、おまえ」
「大した距離じゃないよ」
 言って、笑うあかりに志波は断る理由がなかった。彼女には申し訳ないが、この雨は夜まで降り続けるだろう。志波はあかりの言葉に甘えて、彼女の折りたたみ傘に入れてもらうことにした。オレンジ色のワンポイントが入った、志波なら絶対買わない傘の下に、二人揃って並ぶ。そうして、志波は傘の柄を掴んだ。
「貸せ」
「え?」
「俺は入れてもらう身だし、身長差もあるだろ」
「ご、ごめんね、小さくて」
「謝ることじゃない。むしろ、おまえはそれくらいで」
 言いかけて、志波は唐突に言葉を切った。きょとんとしたあかりの目が見上げてくるのを無理やり視線を外し、誤魔化すように後ろ頭を掻く。
「わたしがなに?」
「別に、大したことじゃない」
「えー、気になる!」
「いいから、さっさと帰るぞ」
「わ、待って!」
 彼女の傘を手に、先に歩き出す志波を慌ててあかりが追いかけてくる。
 折りたたみ傘に並んで入るも、どうしても手狭だ。志波はなるべく彼女の方へと傘を傾ければ、あかりがそれに気がついてこちらを見た。ちょっとだけ困ったような、怒ったような顔で持って、彼女は言う。
「そんなに傾けたら、志波くんが濡れちゃうよ」
「元々海野の傘だろう、これは」
「そうだけど、それじゃあ一緒に使ってる意味がないでしょ」
「じゃあ、おまえがもう少しこっちに来ればいい」
「へ?」
 言って、志波はあかりの肩を掴んで引き寄せた。とん、と彼女の肩が志波の胸に辺りに当たる。
「あの…」
「お互い、これくらいならまだマシか」
「そ、ソウデスネ…」
 何故かカタコトの言葉で持って、あかりは頷く。志波はそんな彼女の様子を不思議そうに見つめたあと、行くぞと歩き出す。と、スピードを上げて走る車の接近に気がついて、志波はあかりを庇うように道路の隅に寄った。ばしゃん、と盛大な水音を上げるも、被害はズボンのひざ下くらいで済んだ。
「大丈夫!?」
「ああ、海野は?」
「わたしは平気だけど」
「なら、良かった」
 彼女の返答にほっとしたのもつかの間、お互いの顔の位置が随分近い距離にあることに気がついた。そうして、先日の『事故』のことを思い出したのは、二人ともほぼ同時だったのだろう。さっと顔を背けたあと、数秒。妙な沈黙のあと、「帰るかか」と切りだした志波の言葉で、二人は駅まで無言で歩くはめになったのだった。

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デビト小話

 アルカナ・デュエロでフェリチータが優勝して一カ月が経つ。
 小さな事件はあちこちで起こるものの、それ以外は比較的平穏で平和な毎日が送られていた。――ただし、フェリチータ以外の話だが。
 アルカナ・デュエロの一件以来、ファミリーの一員であるデビトとは恋人同士になっていた。正直に言えば、フェリチータの思い描く恋人像とデビトは、180度真逆にあると言えるだろう。彼女の理想とする恋人はもっと物腰が柔らかくて優しくて、例えるのならば絵本の中に登場するような王子様。それがフェリチータがずっと思い描いていた恋人像だ。しかし恋というものは恐ろしいもので、いつの間にか落ちてしまうものだと最近学んだ。故に、この金貨の幹部であるデビトのことを好きになってしまったのだから。
 マンマに言わせれば「人生なんてそんなものよ」らしい。納得できるようできないのは、長年培われてきたルカの教育の賜物か。
 とにもかくにも、恋人という甘い響きに酔いしれていたのはほんの数日の間だ。その数日の間に、今まで気にしていなかったデビトの女性遍歴を嫌というほど目の当たりにしてしまったのだ。彼が女性に対して惜しみなく愛を囁いていたことは知っていたが、自分が「恋人」となると話は別だ。
 つまりフェリチータは、「ヤキモチ」を妬いていた。
 なのでこの半月ばかりは、剣の仕事が忙しいという言い訳と、ルカという最大の防御壁を盾に逃げ回っているのが現状である。
「……はあ」
「あら、そんな風にため息を吐いてちゃ、かわいい顔が台無しよ?」
 そういって、フェデリカはいつもと変わらない優美な笑顔を浮かべた。
 フェリチータは慌てて背筋を伸ばし、手にしていたワンピースを身体に当てて見せる。
「こ、このワンピースがかわいくて、つい」
「ありがとう。でもそんな嘘じゃ、金貨の幹部さんは誤魔化せないわよ」
 あっさりと自分の心の内を見透かされてしまい、フェリチータの表情が引きつって固まる。次に視線を足元に落とすのと一緒に、肩も下げた。視界の端で、自分の髪が揺れるのが見えた。
「……わたし、やっぱり子供かな」
「そうねぇ。でも、焦って無理な背伸びなんてする必要はないと思うけど? 今のあなたにしかない魅力もあるんだし」
「でも」
 と言いかけたところで、フェデリカドレスの扉が来訪者を知らせる鐘を鳴らした。からんからんと乾いた音に条件反射で振り返れば、そこには話題の中心であるデビトの姿があった。フェリチータは一瞬思考が固まるも、すぐに我に返ると手にしていたワンピースをフェデリカに返した。
「フェデリカ、これはまた今度来たときに買うから! それじゃあ!」
「て、オレが見す見す逃がすと思ってんのか? バンビーナ」
 店の唯一の出入り口の前で、デビトが通せんぼをするように立ち塞がる。思わず得意の蹴りが出そうになるも、場所が場所なだけに結局は何も出来ずに終わる。そんなフェリチータの数秒の葛藤の間に、デビトは距離を詰めて彼女の腕を掴んだ。
「悪ぃな、フェデリカ。ちょっと優先事項が出来たんで、また今度改めて来るぜ」
「はいはい、精々嫌われないようにね」
 そんなマイペースなフェデリカの声に拍車を掛けるように、にゃーんと彼女の猫のフランが呑気に鳴いた。


「ねえデビト、離して」
「逃げねえなら離してもいいゼ?」
「に、げないよ」
「わかった、手は離さねェ」
「デビト!」
 抗議の声で相手を呼ぶも、デビトはまるでどこ吹く風だ。そのまま見慣れた道を進んでいくので、目的の場所がイシスレガーロだと気がついた。確かに屋敷に戻るよりも、彼の仕事場であるカジノの方が近いのは事実だ。しかし、この気まずい雰囲気で、金貨のスーロたちに会うのは気が引ける。と、まるでそんなフェリチータの心境を察したかのように、デビトは一つ手前の角を曲がった。フェリチータが戸惑うのも構わず、デビトは一件の宿の中へと入っていく。入口にいる男へと二、三言葉を掛ければ、相手は頷いてそれ以上は何も言ってこなかった。完全にフェリチータだけが置いてけぼりを食らっている間に、デビトは宿の一室のドアを開けた。内装は特にこれといって変わったところはない。むしろ、必要最低限のもの以外は何もない、と言った方が正しい。
「デビト、ここ」
「ここなら誰にも邪魔されねえだろォが」
 言って、彼は部屋の鍵を掛けた。かちゃん、と金属音がちいさく響いた。
「で? お嬢様はオレのナニがご不満なんだ?」
「…不満っていうか」
 言葉を濁し、フェリチータは視線を逸らすように俯く。逃げ回っていた分、こうしてデビトと相対すると如何に自分が子供っぽいことをしていたのかを痛感する。フェデリカのような大人の女性ならば、もっとうまく立ち回れるのだろうかと考えて、さらに気持ちが落ち込んでしまう。
「フェリチータ」
 名前を呼ばれて、顔を上げる。するといつもは義眼を隠している眼帯を、彼は外していた。自分と同じ色の宝石が埋め込まれた目に、どきりと心臓が鳴る。
「あの時から、オレのすべてはオマエのものだって言っただろ?」
 囁くようなデビトの声に、心臓は情けなくもあっという間に鼓動を速めた。俯いた視線の先には、自分とデビトの足先がある。相手が一歩距離を詰めてきたのが分かって、フェリチータは一歩後退する。そのやり取りを数歩分繰り返せば、すぐに背中が入ってきたばかりのドアにぶつかった。顔のすぐそばにデビトの手が置かれ、まるで彼に囲われているような態勢になる。
「オレが信じられねェなら、オレの心の中を見ればいい。このオレが、いつも誰のことを考えてるかすぐわかるゼ?」
「……それは、嫌」
「なんで?」
「だって、わたししかデビトの心の中が見られないなんて、フェアじゃないもの」
「……ッハハ!」
 つと、唐突に笑いだしたデビトに対して、フェリチータはきょとんした表情を返した。
「本当、バンビーナはイイオンナだなァ」
「…バカにしてる?」
「してねえよ。さすがこのオレが骨抜きになるだけあるってこと」
 そう言うと、デビトはフェリチータの身体を抱きしめてきた。ふわりと彼の香水の香りが鼻腔を擽り、迂闊にもときめいてしまう。けれどそれと同時に泣きたい衝動も湧き上がり、フェリチータはデビトの胸を押し返すも、自分を抱きしめる彼の腕はますます強くなった。
 デビトの腕の中で少しだけ身じろぎ、フェリチータは呟くように問う。
「……わたし、子供っぽくない?」
「アン?」
「隣に並んでて、嫌じゃない?」
「バンビーナの悩み事はそれか?」
「……」
「なるほどな」
「デビ――ッわ!」
 唐突に抱きあげられて、フェリチータは咄嗟に彼の首元へしがみついた。その間、ほんの数歩先にあるベッドの上へと、彼女は下ろされた。見下ろしてくるデビトの視線に、一か月前のアルカナ・デュエロの決勝戦が終わったときと重なる。
 あのときもこうしてベッドに押し倒れたものだが、結局はキスだけで終わった。続きはまた今度なといったデビトの言葉を思い出せば、まるでそのタイミングを見計らったかのようにデビトが口を開いた。言う。
「あのときの続き、するぜ?」
「……ちょ、ちょっとまって、ここで?」
「当然。安心しな、誰も来やしねえよ」
「で、でも」
「もう待ったなしだ。オマエが女に自信がねえっつうなら、このオレが全部教えてやる。安心してオレ色に染まっちまえよ」
「安心…?」
「そこは突っ込むトコロじゃねェ」
「……でも、デビト」
「あ?」
「わたしだけじゃなくて、デビトもわたし色に染まってくれないと嫌」
 対抗心から思わずそんなことを言ってしまうと、デビトにしては珍しく、随分と隙だらけな表情をした。
「………ホントによ、大したオンナだぜ」
 数秒の間を置いて、デビトは苦笑を零した。
 その反応にフェリチータは少しだけ笑うと、改めて彼へと手を伸ばしたのだった。

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