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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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雲長小話

「花ー!」
 廊下の少し先から、翼徳が手を振り花の名前を呼んでいた。そのすぐ隣に雲長の姿も見つけて、花は首を傾げる。二人が一緒にいるのは珍しくはないが、何となく何か用事があるのかと思っていると、まるで大型犬を彷彿とさせる翼徳が彼女の元に駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった。おまえ、今ひま?」
「えっと、特に用事はないですけど」
「やったー! じゃあさ、祭りに行こう!」
「お祭り?」
「そう!」
 翼徳の言葉にオウム返しのように尋ねれば、彼は力強く頷いてきた。キラキラと目を輝かせる様から、翼徳がその祭りをどれほど楽しみにしているのかが伺える。彼は元々大きな体を目いっぱい使い、祭りの様子を表現し始めた。とはいえ、殆ど話題に上がるのは食べ物のことばかりなのだが。
「へー、色々なお店が出るんですね。楽しそう」
「すげえ楽しいって! だから花も一緒に行こうぜ! な!」
「はい、行きたいです」
 頷いて、翼徳の後ろに控えるように立つ雲長へと花は視線を向けた。訊く。
「雲長さんも一緒ですか?」
「ああ、見回りも兼ねてな」
「雲長兄い、固い固いー! 祭りなんだからさ、楽しまなきゃ!」
「おまえみたいに浮かれてるのがいるからだろ」
「えー」
「ふふ」
 ぶーぶーと文句を言いつつも、まるで本当の兄弟のようなやり取りの二人が微笑ましてく、思わず笑みが零れる。けれど花は、ふと雲長と翼徳の二人だけしかいないことに気がついて、改めて疑問を口にした。
「他の皆は行かないんですか?」
「兄いも芙蓉も誘ったけど、忙しいってさ」
「そうなんですね」
「だからさ、二人のためにおみやげ沢山買おうな」
「はい」
「じゃあ、はやく行こうぜ」
 翼徳の言葉にと頷けば、善は急げとばかりに支度を催促された。花は慌てて部屋に戻ると、手持ちのお金を持って二人の元へと戻る。
 そうして雲長と翼徳と一緒に城を出れば、少し歩いただけだけなのにどんどん人が増えていくのがわかる。活気のある声と一緒にあちこちから聞こえる音楽の音色に、妙にそわそわうきうきとしてしまうのはお祭り好きと言われる日本人だからだろうか。
 いつもの見慣れた町並みがまるで違う場所のように見えて、花は思わず感嘆の声を上げた。
「わ、本当にすごい人ですね」
「祭りだからこれくらい活気がないと」
「そ、れはそうなんですけど」
 どん、と通り過ぎ様ぶつかってしまい、花は思い切りよろけてしまう。けれど転ぶ寸でのところで腰に手が回されたかと思うと、そのまましっかりと支えられた。驚いて顔を上げれば、そこにはいつもの平静な表情をした雲長がいた。
「気をつけないと、転ぶぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
 礼を言って、花は改めて態勢を整える。こちらの準備が整うのを待ってくれたのか、雲長の手はすぐに離れていった。それから花の少し前を歩く雲長に着いていくと、少し歩きやすく思えるのはきっと、気のせいではない。
(雲長さん…)
 優しいな、と花は思う。
 第一印象はちょっとこわい人だなと感じていたが、いつも彼はさり気なく花を気遣ってくれていた。けれど最近は、そんな彼の優しさに触れる度、嬉しい気持ちと一緒に少しだけ胸が苦しくなる。
 そんなことを考えていると、ずいっと目の前に何かが差し出された。突然のことに思考が追いつかず、ぱちぱちと目を数回瞬きをさせる。ようやくそれが食べ物だということを理解すると、差し出している翼徳の笑顔が視界に入った。
「ほら、花も食えよ」
「ありがとうございます」
 受け取って、花は一口齧って租借する。ふんわりと甘い味が口の中に広がって、ほっとさせられる。
(せっかくのお祭りなんだし、楽しまないと)
 花は考えを切り替えるように、改めて周囲を見渡す。やはり祭りだからか、出ている店は主に食べ物系が多いけれど、小物なども取り扱っているところもちらほらと見かける。そうして通り過ぎ様、視界の端に何かが目に留まった。気になって、思わず立ち止まる。出店の中でもこじんまりとした作りのそこには、置けるスペースに様々な装飾品が並べられていた。
「…わあ」
 おそらく手作りであろう装飾品たちはどれもかわいらしくて、花はその内の一つを手に取った。薄い紅色と琥珀色の玉が付いた耳飾りが、素朴ながらすごくかわいい。
「いらっしゃい。お嬢さん、気にいったかい?」
「あ、はい。すごくかわいいですね。これ」
「だろう。若い子には人気なんだよ」
「へー」
「あとはこっちなんかもお勧めだよ」
 店主らしい年配の女性が差し出して見せた別の耳飾りも素敵で、どれか買おうかと意気込みかけたところで、わあ!
と少し離れた場所から高い歓声が上がった。思わずその声につられてそちらを向けば、何故か人が一斉に流れてきた。え、と思ったときにはまさにその流れに巻き込まれてしまい、転ばないようにするのが精いっぱいだ。縺れて絡まりそうになる足を逃がし、人の流れから逃げるように脇道へと飛び込んだ。何か祭りが盛り上がるイベントでも起きたのか、先ほどの熱気はますます増えていくようだ。
 どうしようと花は考えて、はた、と気がつく。
 今いる場所は細い路地裏で。街の人たちは殆ど祭りに参加しているかのように、しんと静まり返っている。
「……はぐれちゃった…?」
 ぽつりと呟いた途端、背中に嫌な汗が流れるような感覚に襲われる。元の場所に戻ろうにも、この人混みの中で雲長と翼徳の二人を見つけるのは容易ではない。だからといってこの場所に留まっていても、こちらが見つけられないように、向こうも花を見つけるのは難しいはずだ。
(となると…)
 ここは大人しく、城に戻った方が賢明だろうか。
 元の世界ならば携帯電話でいくらでも連絡をつけることができるが、生憎ここではそんな便利なものはない。
 花は少し遠くに見える城を目指して、裏路地を進んでいくことにした。
 一本裏の通りに入っただけで、表の喧騒がひどく遠く聞こえるから不思議だ。まるで壁一枚隔てられているような気分になってしまうのは、やはり二人とはぐれた心細さのせいかもしれない。
(……せっかくのお祭りに来たのに)
 と、誰にともなく花は恨みがましく考えてしまう。まだ食べ物だって一つしか食べていないし、さっきのアクセサリーだってもっとちゃんと見たかった。
 それに、と花は内心で続ける。
(翼徳さんと……雲長さん、とも、もっとお祭りを見て回りたかったな)
 そう考えると、再び視線が賑わう表通りの方へ向いてしまう。ひょっとしたら、もしかしたら二人の姿を見つけられるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、数秒、考える。どうしようと蓋浴び迷って、けれどやっぱり諦めがつかない。そんな葛藤に悩まされていれば、「花!」と唐突に名前が呼ばれた。
「……雲長さん?」
 少し遠く離れた場所から、雲長がこちらに駆け寄ってくるのがわかる。彼はあっという間に花の元に辿りつくと、ほっとしたように息を吐いて、言う。
「無事か。怪我はないな?」
「は、はい。でも、なんで」
「気が付いたらおまえがいなくて、翼徳と手分けして探してたんだ。俺よりあいつの方が目がいいから、大通りの方は任せたんだが…なんにせよ、見つかってよかった」
「……すいません」
「いや、いい。俺ももっと注意するべきだった」
「そんなことないです。わたしの方こそ気をつけてれば、こんな」
「花」
 なおも言葉を続けようとした花を制するように、ぽん、と頭に手が置かれた。それは玄徳がよくする仕草の一つではあるが、雲長にされるのは初めてだ。玄徳とは違う手の感触に頭を撫でられれば、やはり玄徳とは違った妙な気恥ずかしさがあった。決して嫌ではないのだけれど、なぜか心臓がどきどきとはやく鼓動を打つ。徐々に頬が熱を持つのを自覚すれば、雲長の手が離れていった。
「折角の祭りだ。あまり気にするな」
「…はい」
 言われた言葉に、花は素直に頷くことしか出来ない。先ほどの気恥ずかしさと心臓の鼓動に振り回されて、うまく思考が纏まらない。
「それじゃあ翼徳とも合流するか。あいつはでかいから、おまえより見つけやすいだろう」
「そうですね」
 微かに笑う雲長を見て花も同じように笑ったけれど、ほらと差し出された手に対して、きょとんとした顔を返してしまう。
「手を繋いでいた方がいいだろう。またはぐれるわけにもいかない」
「あ、…そ、うですよね!」
 当然のような雲長の提案に、花は一拍遅れて上擦ったような声でもって同意した。促されるままに彼と手を繋ごうとして、けれどそれが先ほど自分の頭を撫でた手だと思い出したら、ますます恥ずかしさが募っていくように思えた。
 そんな色々な葛藤を振り切るように雲長の手に触れた途端、ぐっと握り返された。そうして引かれるままに歩き始めれば、ふと、雲長が立ち止また。花を見降ろしたあと、まるでこちらの恥ずかしさが伝染したように彼も少しだけ躊躇ったようだった。すると、
「これ」
「え?」
「探してる途中で見つけて、おまえに似合うと思ったんだが。気に入らなかったら捨てていい」
「え? ――え?」
「行くぞ」
 ふいに渡されたものに驚きつつも受け取れば、中身を確認する間もなく大通りへと向かった。花は慌てて受け取ったものを失くさないよう、スカートのポケットに仕舞った。
 大通りは先ほどよりも盛況さを増していたが、平均より頭一つ分高い翼徳を見つけるのは思ったより容易く、合流を果たしたあとははぐれることなく、今度こそ祭りを堪能することができた。

 *

「人混みはすごかったけど、楽しかったな」
 祭りを切り上げて部屋に戻り、幸せな気持ちで今日一日の出来事を振り返った花は、スカートのポケットに入れっぱなしだった物の存在を思い出した。
 昼間に雲長から渡されたのは良いものの、そのあとは祭りに夢中になってすっかり忘れてしまっていた。簡易包装されている紙袋を開いて中身を手のひらの上に空ければ、薄い紅色と琥珀色の玉が付いた耳飾りがころんと転がった。
「…あれ?」
 見たことのあるデザインのものに、花は思わず首を傾げる。
 それは今日の祭りで雲長たちとはぐれる直前、とある出店で見かけたものだ。結局買いそびれてしまっていたのだが、これを見ていたことを雲長は知っていたのだろうか。
 それとも、と考えて、雲長から渡されたときのことを思い出す。。

 ――探してる途中で見つけて、おまえに似合うと思ったんだが。

 この耳飾りに自分を重ねてくれたのかと、花は再び顔が熱くなるのがわかる。
 どうしよう、と熱い頬を確認するように片手で触れたあと、引っ張ってみる。地味に痛いことが嬉しくて、口元が緩んでしまいそうになる。今、もし芙蓉が現れたら気持ち悪いわねなんて言われても仕方ないくらいだ。
 それでも、
(――すごく、嬉しい)
 花は耳飾りを机の上に置いたあと、小箱の代わりになるものを探し始めた。
 明日の朝に着けることを想像して、その日は結局中々寝つけずにいたのだった。

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玄徳小話




 ふいに、目が覚めた。
 辺りはまだ暗くて、月明りだけがやけに眩しい。
(月、のせいかな)
 いつもより明るく輝いている月に呼ばれるように、花は寝台から起き上がると、部屋の外に出た。
 少し肌寒い気もするけれど、我慢できないほどではない。
 夜空には月が輝いて、それを囲むように星が瞬いている。あちらの世界いるときはこんな風に月を見上げることなんて、数えるほどしか覚えていない。月を見上げる代わりにテレビを見て、携帯電話でメールを返して、明日の授業のことを考える。そんな毎日に不満があったわけじゃない。むしろ、今思い返せばひどく幸せだったのだろうと思う。家族がいて、友達がいて、暖かい家とご飯があって。当たり前のそれらがとても恵まれていることなんだと、この世界に来てから思い知らされた。それでも、その幸せな世界よりこもここに残ると決めたのは、
「花?」
 つと、名前を呼ばれて振り返った。視線の先には一人の男が――玄徳が立っていた。彼は驚いたような表情をして、けれどそれは花も同じだった。すっかり皆が寝静まっているようなこの時間、起きているのは自分だけだと思っていたから。
「……どうした」
 花が玄徳の名前を呼ぶより、彼の問いの方がはやかった。しかしどうしたというその問いに何と返せばいいのかわからずに小首を傾げると、神妙な顔をした玄徳がこちらに近寄ってきた。
 彼は花に顔を近づけてくると、彼女の頬に触れた。指先が目元を拭う仕草に、花はようやく自分が泣いていることに気付いた。
「あ、れ?」
「……花」
 自覚した途端に勢いを増した涙に戸惑えば、玄徳にきつく抱きしめられた。そうすることでひどく安心する反面、どうしようもない寂しさも自覚してしまった。花は玄徳の首に腕を回せば、彼は無言で彼女の身体を抱き上げた。そのまますぐそこの花の部屋に彼女を連れていって、寝台の上に下ろす。
「げん、とくさん」
「後悔、してるのか?」
「ち、がいます。後悔とかじゃなくて、ホームシックっていうか」
「ほーむしっく?」
「あ。……ええと、なんていうか、ちょっとだけ家族が恋しくなっちゃっただけで、後悔とかしてるわけじゃないんです」
「……家族、か」
「玄徳さん?」
 再び、玄徳が神妙な顔つきになる。しかしそれは先ほどよりももっと真剣で、複雑そうだった。花はまだ目じりに残る涙を服の袖で拭うと、あの、と相手の顔を見やる。改めて間近で見る玄徳の顔に、今さらながらどきどきする。初めて玄徳とキスをしたことを思い出してしまい、さっきまでのホームシックな気持ちとは打って変わって頬が熱くなる。我ながらなんてゲンキンなと思うけれど、自分が元の世界よりもこの世界に留まる決意をしたきっかけとなったのは玄徳への気持ちあってこそだ。この気持ちを手放したくなくて、玄徳と一緒に生きていきたいと思ったから。
 だから、残った。
 玄徳を、選んだ。
「花」
 ふいに、玄徳が低い声で花を呼んだ。見つめられる眼差しの強さに、心臓が高く鳴る。はい、と上擦った声で返事をすると、彼の手が、指が花の髪を撫でるように梳いた。そのまま再び腕の中に抱きすくめられると、耳元に玄徳の吐息が掛かってくすぐったい。
「俺との間に新しい家族が出来たら、寂しくないか?」
「え?」
 呟いて、数秒。考える。
 家族。
 玄徳との、家族。
 新しい家族というのは、つまり。
(……――赤、ちゃん?)
 そこまで考えて、ぎしり、と身体が固まる。
 玄徳とは婚約宣言をされていて、まだ婚儀は迎えていないけれど周囲からはすでにそういう認識を持たれていて。
(も、元の世界でだって結婚して奥さんと旦那さんになったらいつかはお父さんとお母さんになるってことでつまりだからそういう…!)
 顔どころか身体が発熱してるようで、絶対に赤いであろう顔は夜のために見られなくてよかったと、なぜか明後日の方向のことを考えてしまうほど花は無自覚に混乱していた。
 けれど、
「あ、の」
「嫌か?」
 重ねて、玄徳の声が訊いてくる。
 その声の重みが、まるであの時――「待てない」と言って唇を重ねられたときを彷彿とさせる響きがあった。彼の手が、花の手に触れ、指と指が絡まる。自分よりも一回り大きな玄徳の手と、武骨な感触に心臓はどんどん鼓動を速めていく。
「……玄徳、さん、わたし」
「うん」
「そ、の……こういうっていうか、そ、そういうことが、は、初めて、で」
「うん」
「だから、…めんどくさいかなって」
「そんなことはない。絶対」
「そう、ですか」
「ああ」
「……」
「……」
「……あの」
「花」
 何か言わなければいけないことを必死に探して言葉を続けようとしたが、玄徳の声に思わず口を閉じる。
「嫌なら、しない」
「……い、嫌とかじゃ、ないんです」
「うん」
「玄徳さん」
「……なんだ」
「わたし、玄徳さんが好きです」
「俺も、花が好きだ。愛してる」
 そう玄徳が告げると、ぐらりと視界が揺らいだ。ぽすんと背中に寝台が辺り、玄徳の背中越しに薄暗い天井が見える。
 逃げたい、と思う。
 けれどその反面で、逃げたくない、とも思う。
 相反した気持ちのせめぎ合いに、どうしていいのかわからない。
「花」
 自分を呼ぶ玄徳の声に、何故か初めて彼と出会ったときのことが思い出された。
 突然この世界に放り出されて、右も左もわからない自分を孔明の弟子として信じてくれた。
 いつも、いつだって無条件で信じて、受け入れてくれた玄徳だから、花は好きになった。
 もちろん同じくらい家族も、友達も大事で、大切だ。
 それでも、玄徳の手を離すことなんてできなかったからこの世界に――玄徳の隣を選んだんだ。
「……よ、よろしくお願いします」
 何て言っていいかわからずにそう言うと、何故か玄徳は噴出してしまった。さっきまでどこか知らない男の人のようだったけれど、くつくつと笑いを堪える玄徳は見慣れたいつもの表情で。
 なんだかそんなところで、すとん、と花の心が妙に落ち着いてしまった。
 そして、
「大事にする」
 ぽんと花の頭に手が置かれ、優しく撫でられる。
 それがすごく嬉しくて、はい、と花は返事を返した。







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玄徳さんまじで夜の帝王

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雲花小ネタ


ネタバレ全開ご注意!



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雲長小ネタ



ネタバレなので畳みますぜ!


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玄花小話

 子供の笑う声と一緒に、花の声も一緒に聞こえた。
 玄徳は行き先を変えて声の方へと歩いていくと、そこには子供たちと一緒に遊ぶ花の姿があった。この間一緒にやった「しりとり」をしているらしく、彼女たちは一心に地面を見つめている。小枝でしりとりの絵を書く姿を暫く眺めていると、一人の子供が玄徳の姿に気がついた。途端、パッと表情を明るくして、玄徳の元に駆けてくる。
「玄徳さまー!」
 一人の声に反応して、残りの子供も顔を上げる。そうして次々に子供たちが玄徳の元へと駆け寄ってきた。彼は一人一人の頭を撫でて、おかえりなさいの言葉に応える。一番小さい子供を抱きあげれば、ずるいずるいとかわいい抗議が始まった。
 ――と。
「ん?」
 子供たちと玄徳から少し離れたところに、花は何とも言えない表情で立ち尽くしていた。困ったように眉を下げて、手は羽織っている上着を握っている。玄徳は子供たちを連れて花の元に歩みよりながら、声を掛けた。
「どうした?」
「あ、いえ、その……お、おかえりなさい」
 しどろもどろに言う彼女に、玄徳は小首を傾げる。
 けれど、彼女のおかえりなさいに返事をするべく、ぽんと花の頭の上に手を置いた。そのまま柔らかい髪を撫でるように手を動かす。
「ああ、ただいま」
「は、い」
 花は何故か、ますます委縮するように身を縮める。顔も俯いてまうので、玄徳は怪訝そうに表情を浮かべると、抱き上げていた子供を下ろして問いかける。
「どうした? 俺の留守中に何かあったか?」
「いえ、そ、そんなことは」
「じゃあどうして」
「おねえちゃん、お顔まっかー!」
 ふいに、下から花と玄徳の会話に割って入るように声が上がる。それは当然玄徳を迎えてくれた子供たちで、彼らは身長が低い故に俯いた花の表情が見えたらしい。そうして指摘された彼女は子供たちから隠すように顔を上げて、けれどそれはそれで、今度は真正面から玄徳と目を合わすことになるわけで。
「――あ」
 思わず、と言ったように、花は呟く。
 そうして赤い顔をさらに赤くさせたかと思えば、じり、と後退する。
 そして、
「ッ、ごめんなさい!」
「おい、花!?」
 脱兎の如く、花は身を翻して逃げ出した。玄徳は思わず彼女を追いかけるように走りだす。後ろから子供たちの声が聞こえるけれど、走り去っていく花をそのまま見過ごすことは出来なかった。
「――花!」
 先に走り出したのは彼女とて、やはり男と女。さらに身長の差もあって、彼女を捕まえるのは簡単だった。
 殆ど呼吸に乱れのない玄徳に比べて花は肩で息をして、そうしてやはり顔を俯かせた。玄徳は掴んでいた彼女の手を離すと、少しだけ離れて、言う。
「やっぱり、何かあったのか?」
「…ち、がいます」
「じゃあ、俺か?」
「それもその、…ええと」
 しどろもどろに答える彼女に、なんだか自分がいじめているような気分になってくる。たまたまこの場に他の人間が居合わせていないからよかったものの、芙蓉になんて見つかったら何を言われるかと考えて、背筋に悪寒が走った。
「あの、玄徳さん」
 つと、花がようやく顔をあげてくれた。先ほどよりも赤みは収まったとはいえ、やっぱりまだ、少し赤い。眉は八の時に下がったままで、さすがの玄徳も罪悪感に襲われた。これではまるでいじめているみたいで、そんなことをしたいはずがない。今度は玄徳が半歩後退してみせた。ら、
「あの、おかえりなさい!」
「あ、ああ」
「それで、さっき子供たちを抱っこしてるのとかを見て、ちょっとお父さんみたいだなって思っちゃって!」
「…そう、なのか?」
「はい。だから、その、ちょっとうらやましいなって思って!」
「……つまり、抱っこしてほしいと?」
「そうじゃないんです!」
「違うのか?」
「違います! そういう風になっちゃいますけど違うんです!」
「別に抱っこくらいしてやるぞ」
「いいいいです! むしろいいです! 重いですから!」
「おまえくらい大したことない。ほら、してやるから」
「いいですってば!」
「あら、玄徳様と花? 何を騒いでいらっしゃるんですか?」
「ふ、芙蓉姫ー!」
 まるで先ほど考えていたことが実現したかのように現れた芙蓉に、花は一目散に駆け寄っていく。さっと彼女の後ろに逃げられてしまい、こうなってはさすがの玄徳も手が出せない。
「玄徳様、花が何かしました?」
「いや、なんでもない」
「本当に?」
 と、今度は背後にいる花へと、芙蓉は問う。それに花はぶんぶんと力強く頷いた。その姿に噴きだしそうになるのを堪えるように、玄徳はさり気なく口元を隠した。
「あとでみやげを持っていってやる。いい子にしてるんだぞ」
「もう、玄徳さん!」
「じゃあな」
 踵を返してその場から退散すると、ようやく玄徳は堪えていた口元を緩めたのだった。


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ちょっとずつ相手に惹かれ始めた辺り。
最初はこんな風にお父さんお兄ちゃんしてるくせに、後半の大人げなさといったら・・・・(白目)

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