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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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妟花小話

 きれいな奥さんにかわいいお子さんが二人。
 しかも、女好きを公言している妟而の子供が女の子というのはなんとも「らしい」と花は思った。
 妟而の家の客室の一室に通された花は、出された白湯を一口飲む。視線だけで部屋の様子を見渡していれば、仏頂面をした妟而が現れた。
「うるさくて悪いな」
「そんなことないですよ。娘さんたちもかわいいですし」
「ロクなことしか言わねえだけだ。ったく、誰に似たんだか」
「え?」
「え? ってなんだ、え? って」
「え、えーと?」
「……本当、十年経ったっていうのにあんただけ変わらないんだから、敵わねえぜ」
 嘆息して、妟而は花の向かいに腰を下ろす。雰囲気や態度は変わらないけれど、表情には確かに10年の歳月を感じさせた。
 ほんの数日前まで一緒にいただけに、そのズレにはどうしても違和感がある。
 まるで、自分だけが取り残されているような感覚を覚えて、けれどそれはおこがましい感情だと花は内心で頭を振る。
 あの時、結果として何も言わずに花は妟而たちの前から姿を消した。

 それは、裏切られたと思われても仕方がないことだ。

 そうして、妟而たちには10年分の時間が流れていても、花には数日前の感覚でしかない。ゆえにあのときの気持ちはいまだ鮮明に残っているし、妟而たちにとっては忘れらない日として記憶されていたはずだ。
 それなのに、彼はまた花を迎えてくれた。信じて、信頼して、手を伸ばしてくれた。
「……お、おい!?」
 がたん、と妟而は慌てたように立ち上がった。そのまま花の前まで駆け寄り、いかつい顔に似合わない戸惑った表情を見せている。そのアンバランスさに「どうしたんですか」と問おうとして、その言葉の代わりに喉の奥が引きつった。ひ、としゃっくりのような音のあと、ぽた、と手の甲に滴が落ちる。一拍置いてから、それが自分の涙だということに気づいた。
「何いきなり泣いてんだ」
「…だ、って…妟而さんたちが、変わ、変わらないでいて、くれて…」
「よく見ろ、10年分老けただろーが」
「そ、じゃ、なく…」
「……わかってる」
 花の隣に座った妟而は、あーと呻いたあと、ぽんぽんと花の背中を撫でた。大きな手のひらと、その温かい熱を感じて、けれど余計に花の涙は止まらない。むしろ、勢いを増したような気もする。
「……ガキが泣くのも、女のを泣かせるのも見慣れたもんだと思ったけど、あんたはやっぱりだめだな」
「………はい?」
「なんでもねえよ」
 言う妟而に顔を向けるも、彼は苦笑を浮かべるだけでそれ以上は何も言ってこなかった。ただ、花が泣きやむまで背中をさする手はただただ優しくて暖かくて。
 もしも、と花は考える。
 もしもあのとき、あのままこの時代に戻ることがなく、ずっと過去に留まって同じように10年を過ごしていたら――今も、妟而たちと共にいられたのだろうか。
(……)
 花はその「もしも」の考えを閉ざすように、ぎゅっと目を閉じた。
 戻れたとしても、戻るわけにはいかない。
 もう、自分は選んだのだから。
 妟而たちが願う太平の世のために、戦うしかないのだ。
 と、
「導師様ー! ……て、あれ? またなんか俺置いてけぼりな雰囲気?」
「……てめえは本当にいつもいつも間が悪りな」
 いつもの調子で乱入してくる季翔の声と、呆れたような妟而の様子は10年経ってもやっぱり変わらなくて。
 それに少しだけ救われたような気がして、花は涙の滲む目を笑みに細めることができた。

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妟而と花ちゃんの何とも言えない関係が好きです。
攻略対照ではないので妟而に恋愛感情を抱くことはなかったですが、ノーマルルートならちょっとだけ妟而に対して淡い恋心なんか抱いててもよかったんじゃないかなーという妄想。
というか!妟而×花が!好きな!だけ!!!!

10年後の世界に戻ってきて、妟而たちと一緒に行こうとする花に「ちょっとそいつら大丈夫なの!?」と心配する芙蓉に対して、「この人のこれは習性みたいなものだから!」とばっさり言い切る花ちゃんが男前すぎてだな。
むしろそんなツーカーな関係の妟而と花ちゃんにもえ転がってしまったわけでな。

つまり公式での妟而×花ルートどこ!

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佐伯小話

 学校でもバイト先でも、いつでも佐伯瑛という人物は女性の視線を集めていた。
 校内では「はね学のプリンス」などと呼ばれ、珊瑚礁では彼目当ての女性客も決して少なくない。
 そんな見目麗しい彼なのに、あかりはどうしてもそれを素直に認められなかった。否、認めたくない、のが正しい。だって、自分に対しては隙あらばチョップの洗礼が待ち構えているし、カピバラななんて呼ばれるし、割と意地の悪い性格を惜しげもなく見せつけてくるのだから。
(もう少し、こう)
 他の女子と同じように、優しげな目で微笑むように笑ったり、穏やかな声で話かけたり――と。そこまで考えて数秒の間を置いてから、ないないないない、とあかりは頭を振った。佐伯があかりにそんな風に話掛けてくるときは、大抵ろくなことがないに決まっている。それに、「理想の王子様」を彼が演じているのを知っているから、余計だ。
「うーん」
 そこまで考えついて、あかりは唸ってしまう。結局佐伯に対しての認識を改めるどころか、現在の状況を再認識するだけに終わってしまった。別に困るわけではないのだが、クラスの女子の「佐伯くんってかっこいいよね!」の意見に曖昧に笑うことしか出来ないくらいだ。
「何唸ってんだ」
 つと、いつの間にか支度を整えた佐伯が現れた。あかりは慌てて居住まいを正して、彼に向き直る。
「ちょっと考え事」
「ふうん?」
「そ、それより、今日はいつもよりはやくバイトに来いってどうしたの? 何かあった?」
「ああ、そうだ」
 さすがに今の内容を本人に向かって言うことなどできるはずがなく、あかりの話題転換にも佐伯は特に気にした風もなく応じた。厨房の冷蔵庫の扉を開くと、そこから真っ白いケーキを取りだした。おそらくレアチーズケーキだろうとあたりをつけて、けれどあかりは、今度は本当に不思議そうな顔をする。
「これ、ちょっと試作品的に作ったケーキ。試しに試食して」
「え、いいの?」
「試作品だからな、あんまり期待するなよ」
 そう佐伯は言うものの、その表情はちょっと自信ありげだ。
「わーいありがとうお父さん、素敵! かっこいい!」
「ゲンキンなやつだな」
 呆れたような言い方で、けれどふっと目を細めて笑う仕草に思わずどきっとなってしまった。あれ、と内心で戸惑って、けれど最初の「どき」は少しだけちいさく、けれどいつもより早いテンポで鼓動を打つ。
(うわ)
 どきどきどきどき、と鳴る心臓につられるように、顔がじんわりと熱くなる。誤魔化すように頬を引っ張ってみると、佐伯から不審な目を向けられてしまった。
「何してんだ」
「いや、瑛くんが優しいから夢かと思って」
「……ケーキ、いらないんだな」
「食べます!」
「はいはい」
 結局、佐伯の作ったケーキによって、さきほどのどきどきはうやむやになってしまったのだった。

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かっこいい佐伯!を目指したつもりなんです。
佐伯ってかっこいいはずなのにどうしてもかっこいいところが思いつかない!はね学の王子なのに!
と彼について小一時間ほど考えたんですがどうしてもだめでした。誰か私にかっこいい佐伯を教えてください。というか、そもそもうちのデイジーが佐伯をかっこいいとか思ってないよだめじゃん

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ルカバン小話

バレンタイン付近のルカバンにうわー!ってなった結果がご覧のありさまである。

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 一年目は皆に渡すのと同じ義理チョコで、
 二年目は少し奮発して高級チョコで、
 けれど三年目は、そのどちらでもなかった。
 美奈子は琉夏の屋上に続くドアの前で立ち止まり、ドアノブを回そうと出しかけた右手を、そのまま胸の前で握っていた。左手には学生鞄とは別にきれいめの紙袋が一つ、下げられている。その中にはリボンが巻かれた小さな箱が入っていて、中身はチョコレートだ。2月14日のバレンタインにチョコレートを持った女子高生は珍しくないけれど、今年のチョコレートは一昨年と去年と違って美奈子の手作りだ。元々お菓子作りは好きでよく作ってはいるけれど、渡す相手が男の子―しかも琉夏ともなれば、緊張してしまうのは仕方がない。
 否、去年ならばきっと、こんな風に思わなかっただろう。
 少し照れくさくても、そこに躊躇いや躊躇はきっとなかった。
 けれどずっと友達として、幼馴染として好きだったはずなのに、いつの間にか一人の異性として琉夏のことが好きになっていた。きっと無意識では随分前から彼のことが好きだったのかもしれない。でも、気付かなかったのは(気付かないふりしていたのは)きっと、琉夏と琥一との幼馴染という関係が居心地が良すぎたから。「好き」の意味合いが変わってしまえばこの関係が継続できるはずがないと、美奈子もわかっていたからだ。
 けれど、もうその気持ちに嘘はつけなくなった。
 琉夏が好きだと、はっきりと自覚してしまった。
 自分の気持ちなのにまだ戸惑いはあるけれど、その気持ちを後押しさせるように気合いを入れてチョコレートを持って来たのだ。その勢いのままで一足飛びに告白まではいけないけれど、代わりに特別な気持ちをチョコレートに込めてはみた。
「……よし」
 美奈子は改めて気合いを入れて、ようやく屋上のドアノブを回した。押してドアを開ければ、キイ、と少し錆ついた音を上がる。冬の冷たい空気に一瞬だけ首を竦めた。揺れるシーツの白さに目を細めて、美奈子は一歩、屋上に踏み入れる。吐いた息が白く霧散するのを見てから、もう一歩進んだ。
 すると、揺らめくシーツの隙間から見慣れた金色を見つけた。寒がりのくせに薄着の彼に気がついて、美奈子は慌てて駆け寄った。
「琉夏くん!」
「美奈子」
 名前を呼べば、彼は驚いたようにこちらを見た。入院着の上に薄い上着を羽織っただけの彼はいかにも寒そうで、美奈子は自分の首に巻かれていたマフラーを彼の首元へと掛けた。
「そんな格好で外にいたら、風邪引いちゃうよ」
「平気、ヒーローだから」
「ヒーローでも引くときは引くんです」
 ぴしゃりと美奈子がそういえば、琉夏はうれしそうに目を細めた。その表情に、どきりと美奈子の心臓が鳴る。誤魔化すように視線を逸らすと、美奈子は琉夏の座るベンチの隣に腰を下ろした。ええとと口ごもりながら、紙袋だけを膝の上に置く。ちらりと横目で相手を伺うと、琉夏は変わらずの表情でこちらを見ていた。
(うわ)
 心臓が、また一段落早くなった。どきどきからどんどんと勢いよく鳴る心臓がうるさくて、胸が痛い。
「これ、琉夏くんに」
 胸の痛みを誤魔化すように、美奈子は紙袋を琉夏に差しだした。するとその紙袋はすぐに琉夏の手に受け取られて、今度は彼の膝の上に置かれる。彼は紙袋からラッピングされた箱を取り出すと、リボンを軽く引っ張って、止める。ほんの少し歪んだリボンからまたこちらへ視線を向けて、訊く。
「これさ」
「う、うん」
「バレンタインのチョコ、だよな」
「そうだよ?」
「手作り?」
 ずばり問われて、うっと思わず言葉に詰まってしまう。1年2年と市販のものを渡していたから、ここで急に手作りは重かっただろうか。それとも手作りが好きじゃないのだろうか。その辺の配慮がすっかり抜け落ちていた美奈子は、今さらのように後悔し始めていた。さっきまでとは違う意味で心臓が苦しくなり、美奈子は俯いてしまう。
「……手作り、じゃない方がよかったかな」
「手作り、なんだよな」
「……はい」
 念を押すように言われて、ますます美奈子は小さくなってしまう。
 だが、そんなこちらの心境とは裏腹に、琉夏は美奈子の頭に手を置いてきた。大きな手のひらで髪を撫でて、
「すげえ、嬉しい」
 と、彼は笑い、そのまま美奈子の頭を抱き寄せた。間近で彼の体温を感じて、うまく呼吸ができない。殆ど抱きしめられてるこの状態を、脳がどう受け止めたらいいのかわからずにオーバーヒートを起こしている。心臓はこれ以上ないほど早鐘を打って、さっきまで寒かったはずなのにむしろ暑いくらいだ。
(……琉夏くん)
 期待を、してしまう。
 こんな風に優しくされたら、良い方に期待をしてしまう。
 けれど美奈子は浮かれそうになる気持ちを抑えて、自分を落ち着かせるように息を吐く。まだまだ熱い頬を感じながらも、なんとか口を開いた。
「病室、戻ろう。本当に風邪引いちゃうよ」
「もう少し、このままでいさせて」
 茶化すでもなく、ひどく真剣な声音で言う彼の言葉に、美奈子はそれ以上続けられなかった。大人しく琉夏に抱きしめられるような態勢を続けて、けれど数分も持たずにやっぱり無理にでも病室に戻るべきだと後悔する。
 すぐそばにある琉夏の熱と、においに、くらくらする。
 どうしうようもなく琉夏が、
(…好き)
 でも、声には出せず。ただ、心の中だけで、呟く。
 この想いを伝えるまではまだもう少しだけ勇気が必要で、同じ位、まだ幼馴染のこの距離にも甘えていたかった。

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天童主を目指して挫折した系

 気まずい、という単語だけがどっしりと美奈子にのしかかっていた。
 というのも、彼女が今いる場所が所謂「ラブホテル」だからだ。もちろんこんな場所に一人で入れるはずもないので、同行者はいる。それもきちんと彼氏彼女な関係の相手なのだからなんの問題もない――はずなのだが、二人の間にはこのホテルで行われる「そういった」雰囲気は微塵もなかった。
 そもそも美奈子が感じている気まずさも緊張からではなく、ここに入らざるを得なかった経緯が原因なのだ。
 久しぶりのデートを楽しんで、夕飯がてらにチェーン店のファミレスに寄ったところまでは良かった。会計を済ませて店を出たそのタイミングで、天童の携帯電話が着信音を響かせた。どうやらメールではなく電話のようで、着信音は長々と鳴り続ける。
 「出てもいいよ」という美奈子とは対照的に、なぜか天童は出るのを渋った。そうこうしてる内に電話は切れ、天童が嘆息を吐いたのと同時、再び携帯電話が鳴り響く。
「……」
「……」
 さすがに二度目の電話は無視出来ず、天童は電話に出た。もしもし、と低いテンションで対応する彼とは違い、電話口からはハイテンションな女の声が聞こえてきた。それで、さすがの美奈子もピンと来てしまった。
 元カノ。
 天童の女性遍歴を聞いたことはないけれど、出会ってから今までの雰囲気で、自分が初めてのカノジョではないだろうことは薄々と感じていた。そうして今、初めて「元カノ」の存在を目の当たりにしてしまった。こちらに背を向けて話す天童を見つめながら、美奈子は自分の中にある嫌な気持ちを自覚した。もやもやと纏わりつくような真っ黒な感情に、美奈子は眼を逸らすように踵を返す。
 足早にその場を離れようとすれば、電話を切った天童が慌てて追いかけてくるのがわかった。
「おい、美奈子。どこ行くんだよ」
「帰るの」
「怒ってんのか?」
「別に、怒ってない」
「怒ってんだろ。…だからさ、悪かったって」
「……それ、何に対しての『悪かった』?」
 言ってしまってから、我ながら意地が悪いと内心で独りごちた。案の定天童の顔が顰められてしまうも、美奈子も美奈子で意地っ張りな気持ちが全面に出てしまい、引くに引けなくなってしまっていた。
 暫く無言で見つめ合うと、先に視線を逸らしたのは天童の方だった。後ろ頭をがしがしと乱暴に掻いて、唸るような声を上げる。
「あー……さっきのは元カノで、今は何でもない。電話の内容も暇だったから掛けてきただけで、もう掛けてこないように言ったから」
「ふうん…」
「なんだよ」
「別に」
「別にじゃねえだろ」
 強い口調で言って、天童が美奈子の腕を掴んだ。天童と目が合えば、思わず視線を逸らしてしまいそうになるのを堪える。遠くで車のクラクションの音が聞こえて、すっかり出来上がった酔っ払いたちが、自分たちを冷やかしながら通り過ぎる。けれどもそんなことには構わずに暫くそのままでいると、はっと思い出して美奈子は言った。
「電車…!」
「あ?」
 美奈子は掴まれていない方の腕に巻かれた腕時計で、時間を確認した。日付はすでに変わっている。いつもならばあともう少し本数があるところだが、問題は今日が休日ということだ。休日の運行は平日よりも本数が少なく、かつ終電が早い。今の時刻では、つい数分前に休日運行の最終電はいってしまっている。
 当然電車より最終が早いバスの運行はとっくに終わっていて、残るはタクシーという最終選択肢だけだが、果たして自宅までいくら掛かるのか想像するだけで乗ることは躊躇われた。
 しかしそれは美奈子だけではなく、天童も同じなのだ。
 数秒、二人揃って美奈子の腕時計を見ていると、ふいに天童が美奈子の腕を離した。そして、
「ほら、行こうぜ」
「え? どこに?」
「電車ねえんだし、こんなところに居てもしょうがねえだろ」
「そうだけど、でも」
「タクシー使って帰るより、適当なところで一泊した方が安上がりだし」
「と、泊まる!?」
 天童の出した提案に、美奈子は素っ頓狂な声を上げてしまうと、少し前を歩いていた天童が振り返り、言う。
「別に何もしねえよ。この流れでそんなことするほどバカじゃねえ」
 そんな風に言われてしまうと、もはやぐうの音も出ない。美奈子は少し思案したあと、結局他に代案が浮かばずに無言で天童の後に続いた。
 そうして、話は最初に戻る。
 天童ときちんと仲直りをしないまま、なし崩し的にこの場所に入ったことが気まずくて仕方がないのだ。
 美奈子自身、初めてラブホテルなる場所に入ったが、想像していたものよりずっと内装は落ち着いていた。普通のホテルと変わらないか、むしろ広いくらいだ。もっと悪趣味な調度品なんかが置いてあるのかと想像していたのだが、見た目は普通のホテルとなんら大差ない。だが、先ほど入ったシャワールームには普通のホテルには置いてない――つまり、コンドームが取りそろえられているのを目の当たりにして、やっぱりラブホテルなのだと痛感した。
 美奈子はバスローブを着て、所在なげにベッドの縁に腰をおろしていた。うやむやになってしまった先ほどのケンカをどう切り出そうか考えるものの、思考はあちらこちらへと霧散する。そうこうしてる内に天童がバスルームから出てきて、美奈子はピッと背筋を伸ばした。
「なんだ、先に寝ててよかったのに」
「え…あ、うん」
「本当に何もしねえから、気にしないで寝ろよ」
 言うなり、天童はさっさとベッドの中に入ってしまうのを見て、美奈子も倣うように反対側からベッドへと潜り込んだ。天童が枕元に配置されたボタンのスイッチを押せば、すぐに部屋の明りが落とされた。
「おやすみ」
「…おやすみなさい」
 気まずい雰囲気はそのままなのに、就寝の挨拶を交わすことに違和感を覚える。
「……」
 さすがラブホテルなだけあるのか、外からの音は聞こえずに沈黙が部屋を満たしていた。
 美奈子は少し離れた距離にある、天童の後ろ姿を見つめる。同じベッドにいるのに、二人の間には人一人が入れるほどの、微妙な空間が空いていた。手を伸ばせば届く距離なのに、ひどく遠く感じる。
「……壬、くん」
 美奈子は、ちいさな声で天童の名前を呼ぶ。けれど相手からの返事はない。
 と、ふいに目頭へと熱が集まり始めた。暗闇の中でも目の表面が滲むのがわかり、美奈子は慌ててベッドから抜け出そうとした。が、片足が床に着くか着かないのところで、ぐいっと引っ張られてベッドの中に引き戻されてしまう。
「どこ行くんだ?」
 一瞬何が起きたのかわからずに目を白黒させていると、天童の低い声が降ってきた。
「どこって…ちょっとお手洗いに」
「嘘つけよ。泣きそうな顔して」
「見えないでしょっ」
「見えなくてもわかるんだよ。おまえのことなら」
 言って、けれどすぐに天童はため息を吐いた。
「なんつってかっこつけたいとこだけど、正直わからないからケンカしたんだよな。俺たち」
「……ごめん、なさい」
「俺も、ゴメンナサイ」
 言って、天童は美奈子を抱きしめた。まだ少し濡れている天童の髪の毛が頬に触れる。
「たださ、本当に元カノとは何もないから。信じてほしい」
「……うん」
「ヤキモチ妬く美奈子はかわいいけど、正直持たねえ」
「な、によ」
「ヤキモチじゃねえの?」
「そうだけど…だって」
「なに?」
「なんか、わたしばっかり壬くんのこと好きみたいで…っ」
 ふいに、美奈子の言葉は天童の唇によって塞がれてしまう。

--------------

ここまで書いて力尽きた系。
相変わらず天童が難しすぎてぐぬぬってなります。ぐぬぬ

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たまにはデイジーをもやっとさせたいそんな瑛主

「こんにちは…」
 珊瑚礁の裏手、従業員用の入り口とされているそのドアを開けて、あかりは中へと声を掛けた。しかしその声は後半にいくにつれて尻すぼみになっていく。というのも、キッチンのテーブルの上に、突っ伏すようにして座っている佐伯瑛の姿があったからだ。
 あかりは後手でドアを閉め、足音を立てないように彼に近寄る。瑛くん、と控えめな声で呼んでみるも、彼はぴくりとも反応しない。そうして彼のすぐ傍まで近づいて、彼の背中が規則正しく上下していることに気がつく。ついでに寝息も聞こえてきたので、てっきり具合でも悪いのかと思っただけに、あかりはほっと胸を撫で下ろした。
 そうして彼のすぐそばまで近寄りしゃがんで見れば、瞼が下ろされている横顔が腕の隙間から伺い見れた。そういえばと、先日の中庭で寝ている佐伯を思い出して、ほんの少しだけ気持ちが沈む。
 今日に至っては予習をし忘れたといって、いつもより朝早く登校していたっけと、あかりは朝の出来ごとを振り返った。
 目元にうっすらとクマが出来ているのは勘違いではなくて。
 あかりは痛む胸を自覚して、眉根を寄せた。
 学校内では「はね学のプリンス」として振る舞う彼と、珊瑚礁で仕事に励む彼。いつだって完璧を目指す佐伯は、いつ気を緩めることができるのだろうと心配になる。
 それを本人に言おうものなら、「余計なお世話だ」と突っ返されるのはわかりきっているので言えないけれど。
(そんなに頑張らなくてもいいんだよ)
 そう、あかりは胸中で独りごちる。
 しかし偶然とはいえ珊瑚礁をバイト先として選び、そこで一緒に働くことになってしまったのは、やはり佐伯にとっては重荷なのだろうかと今さらのように考えて。
 再び、胸の奥が鈍く痛む。
 他にもバイト先なんてあるだろうと、最初の頃に言われた言葉を思い出す。そうだ、他にもバイト先はある。あのときは売り言葉に買い言葉で、ここで働くと啖呵を切ってしまったけれど、自分が辞めることで少しでも彼の負担が軽くなるのなら。
 そんなことを考えていると、ふいに目の前の彼が身じろいだ。起きる気配を察するものの、あかりは身動きが取れずにその場に留まってしまう。
 目を覚ました佐伯は目と鼻の先ほどにいるあかりの姿を見つけて、がたんと椅子を鳴らした。
「おま、何してッ」
「……瑛くん」
「……なんだよ」
「わたし、いない方がいい?」
 思わず、本音が口を滑った。
 それを言った途端、佐伯はほんの少しだけ目を見張った。しかしすぐに真顔を作ると、まだセットされていない前髪に触れながら問う。
「辞める相談か?」
「そうじゃなくて、わたし、瑛くんの重荷になってるんじゃないかって」
 思って、までは言えなかった。そこまで言う前に、佐伯お得意のチョップが飛んできたからだ。
 けれどそのチョップは、いつもより格段に威力は弱い。
「ばか、何つまんないこと考えてんだ」
「……だって」
「今さらおまえがここを辞めたって、俺が働いてるのはバレてんだ。だったら、その分必死で働けよ」
「…でも」
「これでもそれなりに当てにしてんだ、じーさんも。……俺も」
「え?」
「ほら、さっさと着換えろ。開店準備だ」
「瑛くんっ」
 立ち上がり、自室へと続く階段へと向かう彼の背中に、あかりは慌てて声を掛ける。
 佐伯は立ち止まるも、振り返らない。数メートル離れた距離がもどかしいが、けれどなぜか詰めることができずにあかりはその場に立ちつくす。瑛くん、ともう一度名前を呼ぶと、佐伯は振り返らずに口を開いた。
「週末、予定は?」
「え? …特に、ないけど」
「じゃあ空けとけ。敵情視察だ」
「デート?」
「敵情視察!」
「何を騒いでるんだ」
 ふいに、第三者の声が割って入ってきた。佐伯の祖父で、珊瑚礁のマスターでもある彼は、どうやら店の方にいたらしい。
「別に、俺ももう店の方出るから」
「そうか。あかりさんも大丈夫かな?」
「あ、はい、すぐ着替えます!」
 まるで鶴の一声のように、結局二人の会話はそこで終わった。
 あかりは着替えるためにバックルームに入り、ロッカーを開ける。珊瑚礁の制服を手にし、ふいにさきほどの佐伯の言葉を思い出す。

 ――これでもそれなりに当てにしてんだ、じーさんも。……俺も。

 緩みそうになる頬を、必死で堪える。
 自分は思っている以上に、彼に当てにされているのが、うれしい。
(…うん、うれしい)
 同じ言葉を繰り返し、けれどこれ以上にやけないように両頬を引っ張った。
 現状に甘んじてはだめだ。
 もっと、今以上に当てにされて、佐伯が気を緩める隙ができるように。
「……よし」
 あかりは一人気合いを入れ、珊瑚礁の制服に着替えた。

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